>毎夜毎夜音楽を通じて | after i died.
心動かされる。

本来、生きていく上で必要のない時間。

趣味であり虚構。


しかし日常で目にすることなく、口にすることもない言葉がここにだけ存在する。


お決まりの流れの中に、それぞれの感性で違うものを詰め込む。


送り手の意図が伝わる事なんてごくまれな事なんだろう。

解るなんて言葉は軽々しくて口にしたくはない。

多くは受け取る側の主観で良いもの悪いものに振り分けられ、気に入ったなら心酔し、追い、語る。


そういったものに伴う感情は薄っぺらいものだろうか?


そんな事はないはずだ。

決して短くはない時間、
取り戻せない時間と自らの存在をかけてきたであろう表現者達の姿、声、音、言葉に、

その時々の想い、思考を何度も何度も繰り返してきた。



何が一番だとか誰が一番だとか、そんな他人にしか存在しない優劣はどうでもいい。


今、この場に何を感じたかが全てだ。


孤独であるが故に誰かに気持ちを偽る必要がない。


幾つもの場面に同じような感想を語る自分だけど、そのすべては真実で本物だ。


音楽という文化に感謝しなくてはならない。

趣味に生きられる時代と、自由を与えられた今のこの環境に感謝しなければならない。

そして感情を揺さぶられる時間や、多くの人達が笑い涙するこの場に居合わせる幸運にも。



しかし、そんなもの達が次々に失われていく。

多くは不本意な形で。

続けさせたい、その活動を支えたいと思う才能・感性に出会えたとしても一人の力はあまりにも無力で、ただただ願うことしかできない。

本人達が決断したなら、受け入れるしかなくて、口を出せることなんてもう無いんだよ。


だから、最後の言葉には気持ちがこもる。

ありがとう。
大好きです。

その文字・言葉を綴り、語る瞬間に、その人々の表情や感情が伴うという当たり前の事が、それをただの記号にしないで、時に他者の笑顔や涙を産み出す。



終わる時間。

周りを見渡せばそんな言葉と気持ちが溢れていた。

今日に限ったことではない。

それぞれの終わりは同じように見えてまるで違う。

いや、違うと感じる事が、そこに至るまでの想いの深さなのかもしれない。


切り取られたその場面ごとの記憶が幾つも幾つも刻まれていく。


音楽から逃れられない。

音楽を失いたくない。


自分では創り出せないものを、見込んだ他者の感性にかけて期待する。


凡人が才能溢れる人達の活動を支える環境がもっとよくなればとは思うがそれは今の時代難しいものだ。


そして叶ったとしても、本当に描きたかった未来を創り得る人達はもう戻ってはこない。



いつまで続けられるとも知れない、この音楽を中心とした生活。

せめて今、目に留まるものを大切にしようと思う。