2023年5月5日、早朝4時頃に長野の家を出て実家に向かった。
出発に際して父には「今日が長野に来るのは最後だから、必要な物が有れば、車に積んで。」と、車を出す直前まで言った。
それでも父は何も車には乗せず、結局、何も持って帰ろうとはしなかった。
道中、母はいつもと同じ話を繰り返し私に話した。
父がどれだけ自分勝手だったか、父の兄弟がいかにダメだったか、父の母(私の祖母)がいかにイジワルだったか、私はこれまで実家と長野を往復する間、もう何十回も同じ話を聞かされていた。
実家に着き、これで最後かと思うとホッとした。
実家に着いたのは午前9時頃だったろうか。積んできた荷物を降ろし、不動産業者より預かった書類を確認して、書類の必要部分を記入した。
父には長野の家を売る事を改めて伝えて、契約書に自筆でサインしてもらった。相変わらず、達筆だった。
セカンドハウスの共同名義者で、実家の近くに住む姉にも来てもらった。姉も契約書にサインし、書類一式は姉から不動産業者へ送る事となった。
これで自分の仕事は終わり、電車で千葉の自宅に帰った。
自宅に帰り昼ご飯を食べた後、午後から持病のアトピーの治療の為に皮膚科へ行くことになっていた。
家を出ようとした所、母から電話があった。
「お父さんが長野の家を売るなんて聞いていない!と怒っている。どうしたらいい?」(母)
「じゃ、お父さんに電話を代わって。」(自分)
「何度も話した通り、長野の家はいつまでも持っていてもしょうがないから売ることになったんだよ。お父さんも不動産業者と長野であったでしょ?。」(自分)
「2人でこそこそしやがって!」(父)
ここで電話が切られた。
私は母に再度電話した。
「お父さん、大丈夫?」(自分)
「手を上げて叩こうとする。どうしたら良い?」(母)
「本当に叩くのなら、警察に通報して。」(自分)
父の母への暴力は今に始まった事ではない。自分が子供の頃から、夫婦喧嘩になると、母に激しく捲し立てられた父が、母に対して暴力をふるい、母は泣きながら家を飛び出して行った。
母は数時間、近所の家に身を寄せて、それを父が迎えに行くというのがお決まりのパターンだった。2〜3ヶ月おきにこう言った事があった。
同じ騒動だろうと思ったが、今回は違った。
母との電話後、自分は持病のアトピーの治療の為に、皮膚科へ行った。診察券を出し、待合室で待っている時、また母から電話が掛かって来た。
「お父さんがぶったり蹴ったりしてくる!どうしたら良い!」(母)
「本当にぶったり蹴ったりするなら警察に電話して。」(自分)
電話口の後ろで父が大声をあげている。
「どうしたら良い!!!」(母)
母から絶叫して電話が切れた。
自分からまた母に電話したが、実家の固定電話も母の携帯も全く通じない。
4〜5分考えたが、今回は本当に母が危ないかも知れない。実家迄はどんなに早くても、1時間半は掛かるだろう。今すぐになんとかしないと不味いかもしれない。
かなり躊躇ったが、110番する事にした。
生まれて初めての110番、電話に出た警察官は冷静に対応してくれた。
「事件ですか?事故ですか?」(110番窓口)
経緯を説明し、実家に様子を見に行って貰えないかお願いした。
「では、最寄りの警察署から直ぐに実家へ向かわせます。状況が分かったら、またご連絡致します。」(110番窓口)
自分は皮膚科の受診は取り止め、自宅に戻り待機した。
30分程で地元の警察署より連絡があり、母と父を警察署で保護しているので、迎えに来て欲しいとの事だった。
実家の近くに住む姉に連絡し、警察に連絡した経緯を説明、また警察署に行ったら連絡する旨を伝え、自宅を出発した。
途中、道が混んでいて、2時間程度かかっただろうか。
やっと地元の警察署に着いた。
(ついに警察にまでご厄介掛けることになってしまった。ただ、これしか方法が無かったんだ)
自分に言い聞かせて警察署に入った。