2023年5月6日、朝7:00頃にホテルに1泊した母に電話をした。
「気分は大丈夫?昨晩は寝れた?」(私)
「全然寝れなかったよ。色々考えてたせいかも知れない。」(母)
昨日、あんな事があったので、気が昂って寝れなかったのだろう。
「今日は家に戻れそうかな?お父さんは落ち着いているので大丈夫だよ。」(私)
「それなら戻る。心配掛けてごめんね。」(母)
「じゃあ、今から迎えに行くね。」(私)
私は父に警査署に母を迎えに行くと言い、母を駅前のホテルへ迎えに行った。
ホテルのロビーで母と会った。小さな母が、更に小さく弱々しく見えた。
「本当にこんな所では全然眠れないよ。」(母)
「ご飯はたべたの?」(私)
「昨晩も今朝も何にも食べてない。」(母)
まだ私が警察を呼んだ事を怒っているのだろうか。真っ直ぐ前を向いたままで、母の声は震えていた。
駅近くのコインパーキングまで母と歩きながら、私はぼんやりと思った。
「これで良かったのか?」
連休最終日の朝は静かで、まだ駅に向かう人もまばらだった。
途中、コンビニエンスストアで食べ物を買って、実家に着くと、父は庭の雑草を抜いていた。
「おう、帰ったか。」(父)
私と母は、父に応ずる事なく上の中に入った。
「お母さん、大丈夫?」(私)
「もう落ち着いたから大丈夫だよ。」(母)
「お父さんと2人で暮らして行けるかな?」(私)
「昨日、親切なお巡りさんが、何かあったら直ぐに電話してって、電話番号を貰ったんだ。また叩かれたら直ぐに電話するよ。」(母)
「お巡りさんには、もうこんな事が続くのなら、死んだ方がましだよ、って言ったんだよ。そしたらお巡りさんも涙を浮かべて聞いてくれたんだ。」(母)
私は何も答えられなかった。
今後、父をどうするか、実家の近くに住んでいる姉にも実家に来てもらった。姉は近くに住んではいるものの、難病のご主人の看病もあり、両親の面倒までは見れない状況だった。
姉が実家に着くと私が切り出した。
「警察にも言われたけど、お父さんとお母さんを別々の場所で住まわせた方が良いよ。」(私)
「そうだね。だけどどうしたら良いんだろう?」(姉)
「介護保険とか使って介護施設に入れられないかな?」(私)
「介護保険の冊子なら市役所から来ていたよ。そこにあるから見てごらん。」(母)
母は出窓の上にある「介護保険」という冊子を指差した。
私も介護保険の制度の内容は全く知らず、初めてこう言った案内書面を目にした。
「難しいね。なんだかさっぱりわからない。」(私)
「まず何をしたら良いんだろう?」(姉)
「どうも包括支援センターという所があちこちにあって、そこに相談すれば良いみたい。」(私)
早速、私は実家から一番近い支援包括センターに電話してみた。直ぐに相談に持ってくれるという事で、姉と一緒に支援包括支援センターを向かった。
センターに着くと誠実そうなスタッフが対応してくれた。
我々からは、父が認知症で母に暴力を振るう事、警察署から父と母を別々の場所で別れて暮らした方が良いと言われている事、その為、父を高齢者施設へ入れたい事を伝えた。
「色々大変でしたね。所でお父さんの介護度は幾つでしたか?」(スタッフ)
「まだ介護度の調査を受けた事が無くて分かりません。」(私)
「介護認定を受けていないと介護サービスが受けられないので、まずは調査員に来てもらってお父さんの介護度を認定して貰いましょう。その上で、どういった施設が適しているのか検討しましょう。お母さんもまだなら一緒に調査して貰うと良いでしょう。」(スタッフ)
私たちはそもそも介護保険の仕組みを全く理解していなかった。一定の年齢になれば使える様になるのでは、と漠然と思っていた。
早速、調査希望日を伝えると、スタッフの方が調査の依頼手続きをしてくれる事となった。
実家に戻り母に介護調査に来てもらう事になったと説明すると、時間はもう昼過ぎになっていた。
「お母さん、本当に大丈夫かな?」(私)
「うん、大丈夫だよ。いざとなったらお巡りさんに電話するから。」(母)
昨晩殆ど寝れなかった私は、眠い目を擦りながら、父と母を実家に残して自宅に向かった。
長いゴールデンウィークがやっと終わった。

