警察署に入り、両親の引き取りに来た旨、伝えると、生活科の署員が自宅で両親を保護した際の流れと、現在の両親の状況を説明してくれた。
今は両親共に落ち着いていて、別々の部屋で事情を聞いている、という事だった。
「お父さんがお母さんに暴力を振るったと言うのは本当ですか?」(警察官)
「はい、母から電話があり、叩く蹴ると言った暴力を振るわれていると聞きました。」(私)
「お父さんは暴力は振るっていないと言っていますよ。」(警察官)
「そうですか。。」(私)
何かキツネに摘まれた気がしたが、父は自分が何をしたか覚えていないのだろう、と思った。
「だけど、事件になる前に通報してもらい、良かったですよ。」(警察官)
自分が110番した事を警察官に前向きに捉えてもらえた事にはほっとした。
「ただ、お母さんはかなり精神的に衰弱しているし、またお父さんがお母さんに暴力を振うかも知れないので、今晩2人を一緒に家に帰らせる事は出来ません。お父さんを自宅に連れて行って貰えませんか?」(警察官)
いきなり父を自宅へ引き取れ、と言われるとは私も予想外だった。
「いや、自宅は狭いし、いきなりそれは無理です・・・。」(私)
「じゃあ、今日はお母さんをホテルに泊めて、お父さんだけ自宅に連れて帰ってください。あと、お父さんは認知症だそうですね。お父さんを1人にするのも危険かもしれないので、今晩はお父さんと一緒に実家に泊まって様子を見て貰っても良いですか?」(警察官)
私は承諾するしか無かった。
その後、警察署の2階にある取調室に案内された。
そこは机1台、椅子2つをやっと置けるほどの小部屋が幾つか並んでいた。その一つで母は婦人警官より話を聞かれていた。
私の顔を見るなり、鬼の形相で母が声を上げた。
「なんで警察なんて呼んだのよ!!」(母)
「あんな電話を貰ったら、そうするしかないじゃないか!」(私)
自分も言い返した。
「お母さんも最初はかなり精神的に不安定でしたが、今は落ち着いています。ただ、ちょっとお父さんとは距離を置いた方が良いですね。」(婦人警官)
母も今晩はホテルに泊まる事に同意したので、駅前のホテルを予約して、先ずは母を連れて行くことになった。
父も2階の別の取調室で話を聞かれていたが、何故か楽しそうに世間話をしていた。
「お父さん、また後で来るからね。」(私)
それだけ言って、母の元に戻り、警察署を出た。
ホテルまで向かう車の中で、どうして警察に電話したのかを、改めて母に説明した。それを母は黙って聞いていた。
そして今晩はお父さんの様子を見守る為に、私が実家に泊まることになった事を告げた。
「早く死ねば良かった。」
母は泣きながら、そう呟いた。母の口癖である。
ホテルにはスムーズにチェックイン出来た。
「何か必要なものはある?夕ご飯を何か買ってこようか?」(私)
「何もいらない。」(母)
母はまだ泣いていた。
「また、明日朝迎えに来るね。」(私)
そう言うと私は母の部屋を後にした。
警察署に戻り、改めて父と対面した。
やはり父は警察官から親しげに話しかけられ、笑顔で答えていた。
「お騒がせしまして申し訳ありませんでした。」(私)
「今回は一晩だけ様子見で離して貰いましたが、同じ状況が続くなら、お父さんとお母さんを速やかに別居させる様、息子さんも考えてくださいね。」(警察官)
警察署を後にして、車の中で父に話した。
「お母さんは今晩はホテルに泊まることになったんだ。」(私)
「おう、そうか。なんで?」(父)
「何でって、警察官から説明が無かったの?」(私)
「アイツは風邪ひいていて、何言ってんだか分からなかった。」(父)
「何で警察署に連れてこられたか分かってない?」(私)
「俺は寝ていたら、いきなり警察が来てパトカーに載せられたんだ。麻薬捜査じゃあねえか?俺はそんなもん持ってないけど。」(父)
「いや、お母さんをぶったり蹴ったりしたでしょう?それで連れて行かれたんだよ。」(私)
「ふーん。そんな事してねえぞ。」(父)
やっぱり覚えていないのだ。
10分程で火の消えた実家に着いた。
ここから父との長い長い一晩が始まる。