地域包括センターへ相談に行ってから、2週間程経った2023年の7月の上旬の金曜日、私は朝から在宅勤務の準備でPCのセッティングをしていた。そこに母から電話があった。
「お父さんが朝から道具小屋の鍵が無いって私に食って掛かるの。どうしたら良い?」(母)
私は朝の忙しい時間にこんな電話をしてきて、迷惑だと思っていた。
「じゃあお父さんに代わってくれる?」(私)
程なく父が出た。
「おかしいんだな。突然、怒り出したんだ。」(父)
父は母が「突然怒り出した」と主張した。電話口の父の後ろで母が「嘘だ!嘘言うな!!」と捲し立てているのが聞こえた。
私はこれは夫婦喧嘩だと思った。朝から夫婦喧嘩で電話をして来ないで欲しい、と言うのが本音だった。
「お父さん、お母さんに代わってくれる?」(私)
「ああやって嘘ばかり言うんだ!」(母)
母の興奮は冷めなかった。
「お母さん、お父さんは病気だから優しく接してあげてね。また何かあったら電話して。」
そう言って私は電話を切った。
それから2時間ほど経った昼前ぐらいに見知らぬ番号から電話が入った。電話に出てみると実家の近所のKさんからだった。
「裏に住んでいるKですが、今、お母さんが来ていて保護しています。お父さんがお母さんに暴力を振るったという事でお母さんが泣いているの。ちょっとお母さんと話してくれますか?」(Kさん)
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。ちょっと変わってもらえますか?。」(私)
私は近所の家まで巻き込んでいる事が恥ずかしかったし、母の行動が腹立たしかった。
「お母さん、どうしたの?」(私)
「お父さんが扇風機を投げつけてきて、殺されそうになったの。だからKさんの家まで逃げて匿って貰っているの。」(母)
母は泣きながら答えた。私は扇風機が当たったところで死ぬわけがないと思いながらも、母はもう限界に達したのだろう、と感じた。朝にかかって来た電話で父を捲し立てている母の声、それはそれで扇風機を投げつけるのと同じくらい暴力的だったと私は思っていた。
「お母さん、どうしてお父さんが扇風機を投げつけたのか、詳しく教えて。」(私)
「お父さんが飯を食わせろって言ったので、そこにあるものを勝手に食べろって言ったら、急に怒り出して扇風機を投げたの。それで私が外に出れない様に玄関の鍵も閉めてしまって。これじゃ、殺されると思って、靴を持って今の窓から外に出て、隣の家の庭を横切ってKさんの家まで逃げてきたの。」(母)
母は関を切った様に話した。
(やはり母の言葉の暴力が父の暴力の引き金になっていたのか)
私は母が原因を作ったのだと感じ、母への同情ではなく、他人も巻き込んで大騒ぎしている母への怒りが湧いて来た。とは言え、ここで母を責めても仕方ないので、電話をKさんに代わってもらった。
「こんな事に巻き込んでしまって申し訳ありません。」(私)
「良いのよ、お母さんも凄く困って逃げて来たんだから。それよりも、お母さんに聞いたら地域包括センターにお父さんの事を相談してもケアマネジャーを決めてくれないみたいね。決めてくれないとお父さんの介護も話が進まないので、すぐにケアマネジャーを探して貰うように言っていくから。」(Kさん)
「どうもありがとうございます。私からも後で地域包括センターに電話しておきます。」(私)
「あなた仕事あるんでしょ。とりあえず私に任せて置いて。」(Kさん)
既に在宅勤務の始業時間は始まっていて、私はKさんの言葉に甘えるしかなかった。
午後、Kさんから電話が掛かって来た。
「地域包括センターと話をして、すぐにお父さんのケアマネジャーを決めてくれるって。決まったらあなたの所に電話するって言っていたから、後はお願いね。あとお母さんは家に帰りたく無いと言っているので、当分、高齢者施設にショートステイする事になったの。手続きについては地域包括センターに聞いてね。」(K)さん
「色々と大変ありがとうございました。明日は休みなので、そちらへ行きます。明日はいらっしゃいますか?」(私)
「私の事なんてどうでも良いのよ。お父さんとお母さんの面倒を見てあげて。」(Kさん)
私は涙が出る思いだった。
程なくして地域包括センターから電話が入った。
「Kさんから電話があってお母さんがお父さんに暴力を振るわれ、Kさん宅で匿っていると言う事でした。お母さんは自宅に返す訳には行きませんので、当分、自宅から離れた高齢者施設にショートステイする事になりました。今日は私がその施設までお母さんを送って行きますので、明日、その施設に手続きに行ってもらえますか?」(地域包括センター)
「色々とありがとうございました。承知しました。明日の朝10時頃に高齢者施設に行く様にします。」(私)
「その際に契約をしなければならないので、お母さんの実印、保証人の実印を持参して下さい。」(地域包括センター)
「分かりました。持参する様にします。」(私)
「あと、お父さんのケアマネジャーが決まりました。Sさんという人で、お父さんに加えてお母さんの方も見てもらう事になりましたので、明日、お母さんが入居する施設の方に行ってもらいます。」(地域包括センター)
地域包括センターとの電話が終わった後、私はまたKさんへ電話した。
「母が面倒な事に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。地域包括センターから電話があり、高齢者施設にショートステイさせてもらう事になりました。後で地域包括センターの人が迎えに行きますので、よろしくお願いします。」(私)
「はい、うちにも地域包括センターから電話があった。地域包括センターの対応が遅いからこんな事になったのよ。あと、残されたお父さんが心配よね。」(Kさん)
「そうですね。私も心配で。後で電話してみます。」(私)
「そうしてあげて。私も後で覗いてみるから。」(Kさん)
Kさんの電話を置いた後、私は直ぐに実家にいる父に電話してみた。なかなか電話は通じず、20コールぐらいでやっと繋がった。
「お父さん、家にいるの?」(私)
「おう、なんだお前か。家にいるよ。」(父)
「お母さんが道で倒れて救急車で病院に運ばれて当分家に帰れないんだ。一人で大丈夫?」(
私)
私は咄嗟に嘘をついた。
「どこの病院よ?」(父)
「県南の方にある病院で当分面会出来ないんだって。明日、そっちに行くから今晩は一人で家にいて。」(私)
「見舞いに行ってやる。何処の病院なんだ?」(父)
「いや、絶対安静の状態なので、病院に行っても会えないんだよ。」(私)
「どこの病院なんだ!」(父)
父はなかなか理解してくれなかった。
「お父さん、心配しなくて良いので、明日まで大人しく待っていて!」(私)
やっとの事で父との電話を切ると、姉に電話して朝からこれまでの経緯を説明した。
姉は仕事が忙しいと言う理由で明日午前は母が入居した施設には来れないと言う事で、午後に実家に来てもらい、今後の話し合いをする事になった。
私は父が一晩一人で過ごせるかが心配でならなかった。
(母を探して彷徨うのではないか。また警察に保護されたら引き取りに来いと言われるのではないか・・・)