卒業式の日に上京して、
最初に住んだ町が横浜市の日吉でした。

田辺荘。
もう15年以上前の話です。

3DKの木造文化住宅。
関東では文化住宅って言わないのかな?
ザ・アパートです。アパートの中のアパート。
そこにメンバーとマネージャー(社長)男6人で共同生活。

それはそれは、凄まじいものでした。
上京した年は一年で120本のライブをこなしたので、
毎日ライブかリハーサル。あとは移動。
いつもメンバーと一緒でひたすら男臭い毎日。

東京電力のオジサンが漏電の点検に来て、
タイ人の不法滞在者だと思われて通報されそうになってました。

いま住んでる自由が丘には、
なぜかノラ猫があまりいません。
ノラ猫の去勢活動をされている方も多いので、
そのせいかも知れません。
可哀想なノラ猫が少ないのは良いことなんですが、
猫好きにとって町中で猫を見かけないのは、ちょっと寂しい。

ボクが住んでた頃の日吉には、
ノラ猫がたくさんいました。
とても猫が飼えるような生活では無かったので、
近所のノラ猫に勝手に名前をつけて可愛がってました。

そんな猫の中に、常にケンカに負けてエサにありつけない、
とら吉がいました。
いつも情けない顔をして、
ちょっと離れた場所からこっちを見てます。
目が合うと、小さくニャーって。

負け犬根性?がついているので、
近づくと逃げるくせに、引き返すと寄ってくる、
なんとも変な猫でした。

田辺荘の近くは土地が低いうえに、
下水の具合がよろしくないみたいで、
ちょっとした大雨ですぐに膝上まで水が溜まって大変でした。

そんなある雨の日に膝まで水にジャブジャブ浸かりながら、
駅から歩いて帰ってきたら、なんか狭いところに、
とら吉が取り残されてニャーニャー鳴いてます。

しかもどう見ても、こっち向いてニャーニャー。

仕方なく、抱きかかえて連れて帰りました。
家には入れられないので、
玄関の外でネコ缶あげました。

その日から家の近くまで帰ると、
どっからともなく鳴きながら走ってくるようになりました。

ついつい情が移ってしまって、ネコ缶あげたりしてるうちに、
大家さんか、近所のオバサンに目をつけられたみたいで、
ツアーでしばらく留守にしたあと、いなくなってしまいました。

近所の悪ガキに聞いたところによると、
エラい剣幕でオバサン達に追いかけられたみたいです。

気になって仕方なかったので、
近くを探したりしたんですが、
やっぱり見つかりませんでした。

今でも、雨の日にノラ猫を見かけると、
とら吉の情けない負け犬顔を思い出します。