現在では考えられないこと。
小学生の頃の思い出で1番印象に残っている事は?
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小学校5年の時に転校して今の実家に帰って来たのですが…(小学校は2回転校して合計で3つの小学校通いました。そのどれもが現在は廃校になっちゃいました)
当時はスポーツ少年団などと言う馬鹿げた組織は無くて、放課後はほんまに自由でした。(笑)
今じゃ一軒も無くなったけども当時は近所によろず屋が3軒も有って、そこで肥後守モドキが普通に売られていました。
その頃は小学生が肥後守モドキをポケットに入れてるなんて当たり前のことで、逆に持っていないと遊びの輪に入れなかったというか…(注、男子の話です)
転校してきたばかりの自分も友達に聞いて直ぐに買いに行きましたよ。

画像は借り物です。
当時は肥後守モドキのノコギリ付きが売られていてこれがなんと10円。
同じ肥後守モドキでも20円のが有って、それにはノコギリは付属していませんでしたがどうやら刃先が少し大きくて上等だったみたいです。10円でも自分たちには高価だったので20円の肥後守モドキは購入対象には入ってませんでした。
放課後になると男子の同級生数人で山に入って行ってこの肥後守モドキのノコギリを使って女竹を切ってナイフの方で杉玉鉄砲をつくって杉の実で撃ち合いして遊んだりしていました。
杉玉鉄砲はどうやら代々小学生の上級生から作り方を教えられて受け継がれていたみたいで自分も初めて作り方を知ってる同級生に教えて貰って作りましたよ。(笑)
肥後守モドキはナイフの部分がおぞいので新品で買ってもろくに切れなくて、(単純にプレスで打ち抜いた鉄板に刃を付けた程度の品質でした)
爺さん婆さんが農家やっていた我が家には爺さんが使っていた砥石が有ったので見よう見まねで肥後守モドキを研いで… 素人が砥石を使うと砥石の上面をガタガタにしちゃうんで直ぐに爺さんにバレてよく怒られてました。(笑)
砥石の使い方も自己流ながらそうやって小さい頃から覚えてきたというか、刃物が普通に身の回りに有るのが普通でした。
両親が小さい頃なんか鉛筆削りなんか無かった(か、高くて買えなかったか?)ので筆箱の中に普通に小さな小刀が入っていてそれで鉛筆を削っていたもんです。(自分が小学校に上がった時はもう家に鉛筆削り有りましたけど)
今なんか小学生が放課後にナイフ持って山に入って行って遊ぶなんて言ったら絶体に許可なんかされないでしょうねぇ…(笑)
なんせ自分の子供達だって小学校入ったら直ぐにスポーツ少年団に入れられて、放課後は練習、休日は練習試合に練習。
自然の中で遊ぶ暇など全然無かったし、子供どころか自分も毎週毎週練習の手伝いや練習試合にクルマ出して乗せて行き、現地では塁審の手伝い。
自分は家族の為にハイエースワゴンを買ったはずだったのに、結局スポーツ少年団の送迎車になっただけでした。(まぁ世の中にはそういう理由でワンボックスorミニバン持ってる家庭が多いですけど…)
自分が子供の頃は割と楽しい思い出が沢山有ったと思うけども…
自分の子供達の小学生時代は自分にとってはなんか黒歴史です。
