平凡な日々 | せからしか!

平凡な日々

はっきり言って、今の僕にはこれが欲しい。


忙しいのと気ぜわしいのには慣れたつもりではあるが・・・・


うちの会社でいっしょに仕事してる可愛い事務員さんに貸してもらった単行本。


島田洋七の「がばい ばあちゃん」シリーズ。


僕自身は涙なくしては読めませんでした。(読んで泣いた言うたら大笑いされましたが、僕にはすべて泣けるネタです。)


この本読んでたら、なんか、昔の人情厚い日本を思いだしてすぐに涙がこぼれるんだよ!


今みたいに、親が子供殺したり、子が親を殺したりするのとは無縁の話が載ってるんです!


一途に女の子を想い続けてて、その娘が自分になびかないからと、激情のあまり殺しちゃうなんて馬鹿げた考えとも縁がありません。


想ってた娘にフラれたからと言って、いちいち殺人に及んでたら一体何人殺さなくちゃなんないんだ?僕自身、片手に余るなあ。


今は、ハッキリ言っておかしい。僕は発達し過ぎたTVゲームのせいだと思ってます。


なんでも、アメリカでは兵隊にバーチャル・ゲームで人を撃ち殺す訓練をしてるらしいですが、この訓練に慣れると、平然と他人を撃てるらしいです。まったく躊躇せずにトリガーを引けるとか。


日本でも、ゲームに慣れた子供らの大半が、人を殺しても、リセットすればまた生き返ると思ってるというアンケート結果があります。その考え自体がおかしい。


今更、この世からTVゲームを無くすなんてえ事は不可能ですが、せめて、親子の会話くらいは大事にしないとね。


ま、前文とはあまり関係ないと思うけども・・・


木曜に、魚を貰って帰りました。


その日に生き締め(生きてた魚にトドメさしたっていうことです。)したという新しい奴。


当然の事ながら、嫁さんはありがた迷惑。(魚さばくのは結構手間かかりますからね。)そのまま、冷蔵庫のチルドへ放り込んで終わり。


でも、「がばいばあちゃん」を読んで、せっかくのご馳走を捨てるには惜しいなあと思ってた僕。


翌日は、嫁さんは飲み会があってお出かけ中。僕がチルドに入ってたアジ(小さい奴は地元ではゼンゴっていうのよね。ちょうど、中間くらいの大きさ。)を3匹、適当にさばいて、小さな切り身の刺身にしました。


いや、美味かったです。普段、一番食の進まない一番痩せてる三男坊がこれをおかずに御飯おかわりしました。


翌日の土曜日。ひさしぶりに休みだった親父。これまた、中学校の行事で出かけてた嫁さん。


チルドで腐らすのも、惜しいなと思ったので残りの魚を七輪で焼く事にしました。


それも、御飯とは関係ない午後三時ころに・・・・



七輪


いや、これは、製品の七輪ですが、うちのも似たようなもんです。


最初に小さな鯛(15センチくらいのやつ)を二匹とアジを一匹焼いて、子供らに声をかけました。「おい!魚食わんか?」


別に食べてもらわなくても、自分の酒の肴になればいいという感じ。


三男坊が最初喜んで食べてて、次にゲームしてた長男がきて、食べ始めました。


ところが。次男が「俺はいらない。」って無視です。


ここで、負けず嫌いの親父。どうにも我慢できなくなって・・・・・


「おい!一口だけでも食ってみんか?いや、一口だけでも食え!」


しぶしぶ、一口だけ食べた次男。


何も言わずに残りの魚を食べ始め・・・・


「お父さん、もう一匹焼いてや!」


はいはい、残ったアジを二匹、ウロコとハラワタ取って七輪で焼きました。


次男坊は、「もう一匹いい?」 なんとまあ、焼いた二匹のアジをペロッと食べちゃいました。


普段、御飯のおかずで魚焼いてもここまでは食べないのに、こういう時は食べるのね?


面白いのは、遊び半分で炭に火を起こして魚を焼いた親父も、子供に「うまい!」と言われるとこれ以上はないという喜びを感じるのよね。いや、実際に炭火で焼いた物は魚だろうが、肉だろうが美味いのは確かです。


この七輪というコンロ。七厘分の炭で煮炊きが出来るとか、いろんな説があるけれど、少量の炭で調理が出来るのは確か。


災害に遭った緊急時のために用意しとくのもあり!  ですよ。