1.
アウシュビッツから生還した人に善人はいなかった...
極限状態を経験した人にしか本当の意味は伝わらない

2.
最初にして最大の試練(右と左の地獄のどちら?)

3.
人間の環境適応能力の凄まじさ

4.
心の世界(信仰や愛)が豊かな者程、地獄から逃れることが出来た

5.
医者は病気に生かされている

6.
人間に生死の選択権はない、その結果が共食いであったとしても...

7.
一日が一週間より長い

8.
人生の意義に対する発想の転換

9.
帰還したらそこに現実はなかった
1.
この本が僕のロゴセラピーとの出会いだった...

2.
実存とは何ぞや

2-1.
特殊実存分析と一般的実存分析と言われると、特殊相対性理論と一般相対性理論を思い出してしまうじゃないか

2-1-1.
人生の意味を問うのは諦めなされってこと

2-1-2.
苦悩を歓迎せよ!この方、仏教の影響をかなり受けていると思われる

2-1-3.
人生の意義は、労働ではなく活動そのものにある

2-1-4.
あなたを愛死てる

2-2.
ロゴセラピーは読書療法だな

2-a.
不安神経症のロゴセラピー

2-b.
強迫神経症のロゴセラピー

2-c.
うつ病のロゴセラピー(双極性障害はここに入るのか?)

2-d.
統合失調症のロゴセラピー

3.
「涅槃療法」!非常に興味深い
僕はよくお腹を壊すことがある

そしてトイレに駆け込むのだが

座っている時にいつも思うことがある

それは

「腹痛ってよく感じるとお腹の部分が痛い訳じゃないよな」

ということ

まあ何痛でもいいんだけど

よくよく感じてみると

その痛みの所在は

異常のある所ではないことが分かる

もちろん痛みの信号を出している所は

その異常の出た所であるのだろうけど

意識の世界で感じてみると

どうも違う

では、やはり脳だろうか

脳が感じているのだろうか

いや、脳内で痛みを感じているようには思えない

そうやって探り探りしていると

どうも、背中の一連の脊髄を走る電気が不快感に繋がっているように感じ出した

何か異常部分と脳の間での信号のやりとりが活発になっていることが

痛みや不快感になっているとに思う様になった

さらに、その活発になりすぎた信号が全く関係のない腕とか脚の神経にまで流れてしまって

体全体がしびれるというか、ビリビリするような感じになり

不快感は更に増す様になる



僕はこのことを思う様になってから

人間の意識も同じ作用なのではないかと思う様になった

外界の世界は人間にとって常に異常の世界である

なぜなら、常に人間の予想に反した出来事が起きているからだ

その異常であるという信号は大脳内に入って来ると

左脳右脳間でその情報が互いに共有される

その架け橋となるのが「脳梁」である

僕はこの太い神経束こそ意識の物理的実体(あるいは最大点)なのではないかと考えている

脳梁間を行き交う情報そのものを私たちは意識(の中心)として感じている

そんな風に思っています