今日は「け」だ

◯「携帯電話」

GALAXY S2 LTE から
iPhone6 に
機種変更したい

◯「健康」

第一です

◯「剣術」

キルビル

◯「遣唐使」

日本に仏教を持ち帰ったと言われます

◯「遣隋使」

日本に仏教を持ち帰ったと言われます

◯「ケセラセラ」

人生何とかなるさ

◯「圭」

高校時代テニス部でした

錦織圭のお姉さんなら試合で見たことある

めっちゃ強い

◯「計画」

実行するより計画立ててる時の方が幸せです

◯「計算」

そろばんはじめようかな...

◯「ケロケロケロッピー」

絶滅したんですか...!?

◯「研究」

新しいことをする人はみんな研究者です

◯「決断」

常日頃からビジョンを持っている人ほど早いです
皆さんは、ナラティブセラピーという言葉を知っていますか?

精神医療の少し汎用的な言葉ですが

PTSDやアダルトサバイバーの治療に適用される精神療法全般を差します

この治療法、主に3段階に分かれています

①「犠牲者自己の認知」

まず、自分が犠牲者であることを認識するということです

②「安全性の確認、人生の統合」

自分が犠牲になった場所に立ち返ることで、その場所の安全性を確認することです
自分の過去に起きたことを客観的事実によって、ストーリー化していく作業です
この作業が完了した状態を「サバイバー自己の獲得」と言います

③「人間関係の再構築」

人生の統合を終えて、自身の歩んで来た道をストーリー化した上で
新たに人間との信頼関係を構築してくというものです
この状態を「サバイバー自己の超越」と言います

僕は、最近幼少期に機能不全家族があった家に度々訪れています

もう20年も前のことですが、親戚はこの一軒家の中を誰も手がつけられずにいたので

荒れていた当時のままでした

でも、僕はいつまでも過去に引きずり回されたくない気持ちから

自殺した父親の衣類や、出て行った母親の衣類などは全て処分し

押し入れの奥に追いやられていた当時の写真などをきちんと整理し

子供達が赤ん坊だった頃のベビー用品なども処分しました

頭では、自分は正しいことをしていて、気持ちがすっきりすると思うんですが

心の中の子供の部分が昔のころを思い出すんでしょうか

夜になると、この世から消え去りたい衝動に襲われることがありました

幸い、病的なまでに継続するものではありませんでしたが

無条件の愛という自己の確立に必要不可欠なものが、欠けていたのだなぁと改めて実感しました



もともと父親が自殺であることも知りませんでした

20歳の時にそのことを知って8年になります

悩みに悩みました

そこでまず、自分が犠牲者であるという認識を持ちました

父親が自殺した理由が、仕事のせいだとしたら、就職するのが怖いし

結婚に失敗したのだったら、結婚するのも怖いし

精神発達が劣っていたのかと思ったら、自分にも遺伝しているのではないかと不安で...

それから、度々この昔の家に訪れるようになっていました

昔の写真を調べては、自分の幼少期の環境を客観的に事実関係を整理していくようになったんです

結婚当時の幸せそうな夫婦の姿、生まれた子供を愛する姿
(このころは僕の存在はまだありません)

それから家族に出て行かれて悲しそうな父親の姿、祖父母の姿

旅行の時なのに、躁鬱病でこの世の終わりの様な顔をしている父の姿...

見たくもない写真を一枚一枚確認しました

そして調べたことは、パソコンに逐一記録していきました

幼少期の記憶は、誰もが忘れたくない大切な思いでとして持っていると思いますが

忘れたくない記憶が悲惨なものだったとしたら、これほど苦しまされることはありません

忘れたくないのに忘れたいというジレンマに陥るからです

このジレンマを克服する方法として、パソコンに幼少期の事実を記録するというは有効です

パソコンに記録すると、検索をかければ、いつでも思い出したい事実を引き出すことができます

でも、検索しなければ思い出すことはありません

普段は忘れているけど、思い出したい時はいつでも正確に思い出せる状況を作り出せることが出来ます

しかも、記録に残っているので、忘れたくないことをいつでも思い出せるという安心感を持つことができます

そうやって、少しずつ過去の被害に慣れていくことが出来ました

僕は両親の奪い合いの被害にあったので、事実関係を整理して、何年何月何日からいつまでこの家にいて、それ以後はこの家にいて...と記録をとっていました

根拠の無いことは妄想しないことが、大切なことだと思います

そして今月ようやく、幼少期の空白をかなり納得のいくまで整理することが出来た様に思っています

この状況、冒頭に述べたナラティブセラピーのプロセスだと

②の安全性の確認と人生の統合に相当するのかなぁと感じています

母親が不倫したのかどうか...そこの所は根拠がないので何とも言えませんが

母親に訪ねた所で信憑性があるかどうか分かりませんし

うん、したよ、とも言わないでしょうし

周りの人の話から、一応今は仮説の状態として保留しています

別に不倫だからといって、母親が不倫するような状況まで結婚生活がマンネリ化していたのですから

自然の成り行きだとしか考えられません

結婚生活は両親の責任です、どちらか一方の責任になることはありません

出会ってしまったのがいけなかったと言っても

人は人の出会いを操作することは出来ません、好きになることを操作することもできません

だから、僕は僕が生まれたことを宇宙の法則に則った結果だと思っています

そして、結婚生活の崩壊前後に生まれた僕は

多くの人が経験する様な温かい家庭を味わうことが出来なかったのかもしれないけど

それはそれで、宇宙が多様性を求めた結果なのだと思って、これからも生きていきます

そして、そのような経験をした人にとって、この社会はどのように映るのかを言葉にしていけたらなと思っています

それさえも、この宇宙は一つの価値として認めて下さるからです



「サヴァイヴァー自己の獲得」を目指している今日のこのごろです
なんか昔から対人関係のノウハウとか

相手を手玉にとる方法とか...

ああいうの大嫌いなんです

好き嫌いで判断するとそういう意見を持ってしまうんですが

どうしてそういうのが流行るのかなぁと思うと

日本特有の事なんだろうなぁと感じざるを得ません



日本は資源の少ない国であるというのは周知の事であると思いますが

その資源の少なさを補うために日本がやっていることは

人材育成とそこから生み出されるアイディアの獲得です

頭脳を売り物にしていかないといけない国になっているんです

つまり、人間の頭脳やコミュニケーション能力とかが果実になっているんです

なぜこの国に自殺が多いか

それは果実と同じで、収穫の秋がやってくるからです

社会に順応できない人間は、日本を維持していくための果実としては不適当だからです

だから果実と同じで、不良品は始末されていく

しかも、社会意識という殆ど無意識のような作用によって...



確かに「嫌われる人間」「使えない人間」はいます

僕の周りにだっています

でもそれは仕方が無いことです

人間関係の原理とは何だと思いますか?

どうして人間は人間関係に悩むのだと思いますか?

それは、人間関係自体が人間にとって利益であり、かつ不利益に作用しているからです

人間関係が人間にとって不利に働くのだとしたら、コミュニケーションなどとる必要がありません

人間関係の原理とは何か、それは

「人類に多様性を持たせること」です

人間は、まず自分と似た様な思考様式を持つ人間のもとに互いに引きつけられてきます

なぜか

それは、言葉が生きようとするからです

言葉は生きています

言葉は人間の口から発せられます

互いに共感できる項目(経験)があるから、人間は言葉を使って会話をします

もし、互いに共感できる項目(経験)がなければ、会話は成立しません

言葉が生きている理由はそこから来ているのですが

言葉が生きる為には、思考の近い人間、経験の近い人間を必要とするからです

では、その似た思考様式を持つ人間が出会うとどうなるか

まずは、共通項の確認から入ります、互いにコンセンサスをとるんですね

では、次に何をするか、互いの相違点を伝え合う様になります

つまり「貴方と私はここまでは同じだけど」「ここからは異なっているね」ということです

それによって、お互いがお互い自身を改めて認識し、かつ相手を認識することができます

この過程、実は2人の人間を1人と人間として捉えると、何をしているかというと

「多様性を高めていることになります」

AさんとBさんは、一定レベルまでは共通だけど、それ以上になると特徴が異なる

その特徴の違いが、状況によって対処できる能力が増えることを意味します

もし特徴の違いがなければ、大自然の法則によってその違いが生み出されます

この多様性こそ、人間関係の原理です



目の前に嫌いな人がいるとします

考え方が自分と違い、いつも衝突する人がいるとします

それは、双方の生き方の違いによって生ずるものですが

腹を立てて悩みを増やしてしまうことは、お互いデメリットかもしれませんが

それらを含むグループとして考えれば、異なる2つの思考様式を持てる集まりと言えます

多様性が広がっていることにより、柔軟な対応能力を持っているということです

(スラムダンクの桜木と流川の様なもんです)

だから、家族や同僚に自分と異なる考え方、思考様式を持っている人がいたとしても

その人を組織から排除するような考えを決してもたないで欲しいというのが、僕の意見です

日本の社会レベルで行われているそれが、自殺です

あるいはストレスで体調を崩すとかです



対外的なことのために、世界各国の事情を理解することは大切だと思いますが

対内的にみても、1憶数千個の国々があるということをもっと重く考えて欲しいものです

国が生き残るために、国民を犠牲にするようなことではいけないんです

国とは国民で出来てるんです

精神病院や刑務所で過ごしている様な人々は

社会が危機に陥ったときこそ役に立つ人々なのだと聞いたことがあります

彼らにとって、現状は自らのアイデンティティからかけ離れたものであるがゆえに苦しむ人々です

それも大自然が多様性を求めた結果なんです

現状社会を崩壊させる恐れがあるなら、多少の強制は必要かもしれませんが

彼らの人格まで否定するようなことだけは言わないで欲しいと思います
今日は「く」だ

◯「苦」

人生は苦である

人間は「苦」を忘れない様に、苦を「常」に経験している

「死語」と言われる様に、言葉は常に生きようとしています

言葉が生きようとしているとは、つまり

「人間が経験を忘れない様にしている」ということです

人間は忘却する生き物です

忘却すべきでない経験は、再度経験することでしか

生きた知識として頭の中に残すことができません

その繰り返しの結果として、人間は本能としてその習慣をDNAレベルに落とし込んでいきます

「歴史は繰り返す」という言葉を聞いたことがあると思いますが

それは「歴史」を忘れない様に「歴史」を繰り返しているということです

経験としての「歴史」が忘れ去られれば、言葉としての史実も存在する意味がありません

その言葉を読んでも、経験が頭から消え去っているため、誰もその意味を理解できないからです

では、人間は同じことの繰り返しをしているのでしょうか?

同じ戦争を繰り返しているのでしょうか?

表面的にはそう見えるかもしれませんが

DNAレベル、本能レベルでは、必ず異なった形態を持って行っているはずです

DNAの螺旋構造の様に、上から見たらぐるぐる回っているだけかもしれませんが

横から見たら、確実に前に進んでいんです

その進歩を早く進めるためには

人類がお互いに共存する方法を探す努力を怠らないことが大切だと思います

◯「薬」

薬は「草冠に楽」と書く、そのまんまですね

◯「句読点」

話をするときは、句読点に気を付けて話しましょう

◯「車」

キャンピングカー欲しいなぁ

◯「栗」

栗ようかん大好き

◯「クレヨン」

クレヨン、今も使われているのかな

クーピーかな?
今日は「き」です

◯「樹」

今日の午前中、庭に生い茂っている樹を切りました

庭には大量の木が生えており、のこぎりで1本切るのにも一苦労

林業が出来るのではないか

◯「キンチョール」

デング熱対策

◯「銀杏」

焼き鳥屋の銀杏はとても上手いよね

◯「鬼門」

北東と南西に玄関と裏口を配置するのは避けましょうね

◯「キリン」

頭では良く知っているのに、お目にかかることが中々出来ない動物

◯「奇跡」

奇跡を期待してはいけません

◯「奇想天外」

世の中、奇想天外だから面白い

◯「近隣住民」

隣の庭に木の枝がはみ出ないように気を付けましょう
おおげさなタイトルです

何をそんな偉そうに

と思われるかもしれませんが...

書きたいことを書くことがブログのメリットであると思うので

共感して頂ける方がいらっしゃればラッキーだと思って書きます



人生の目的の見付けたかた

「成功哲学」なる自己啓発書が随分と支持されてきています

その中で、特に強調されているノウハウとして

「目標を明確にすること、イメージ出来る様にすること」

というものが度々聞かれます

以前に自己啓発関係にはまったことがあって

この手の本を手当たり次第読んだ記憶がありますが

この目標を明確にすること自体が

非常に難しいものであると、いつも思ってきました

(というよりも意識の哲学にまで発展してしまう奥深いものであることが分かります)

イメージするということは、視覚的効果によって目標を頭に思い描くということですが

果たしてこの手法によって、満足できる日本人がどれだけいることでしょう

ここに、西洋人と東洋人に違いが出ているように思います

「成功哲学」はもともと西洋人によって端を発しており

その内容も西洋人に支持されて来たことによって

西洋人特有の思想になってしまっています

「西洋人は分析的を好む、東洋人は総合的を好む」

という言葉を聞いたことはありませんか?

目標を明確にするということ自体、分析的手続きの様に感じます

だから、僕は東洋人が「成功哲学」を身につけるには遺伝的に無理があるように思います

では、東洋人は何を求める傾向があるのか

それは、総合的な傾向の結果である「感情」を求める傾向にあります

つまり「幸せ」「絆」「温情」など、情動的な結果を常に求めています

だから、いくら明確な目標のイメージを例え持てたとしても、無味乾燥に映るだけです

では、どうするか

「感情」を持つことを目標として設定する所から始めれば良いと思います

言語の言葉ではなく、感情という特別な言葉を用いて目標を設定するんです

これは簡単に言えば...

「あなたが持ちたい感情を得たいのなら、まず自分がその感情を心に持つこと」

ということです

これは一見難しいことの様に聞こえます

「幸せ」を感じたことがないから「幸せ」を求めて生きているのに

最初から「幸せ」を感じることなんて出来るわけないじゃないか...と

いいえ、僕はそうは思いません

人間、幸せを感じ取る力はこの世に生命を受けた時点ですでにインストールされていると思うからです

「幸せ」を感じ取る力が先天的ではなく、後天的であると思いますか?

そもそも「幸せ」は「感じ取る」ものなのでしょうか?

光を伝えるような空間や、音を伝える様な空気のように

幸せを伝える何かがあると思いますか?

僕は、そうは思いません

(幼少期に親から十分な愛情を受けなかったとしてもです)

幸せは常に、その人の体の中で発現する機会を待っているんです

そして、その機会を作り出す権利を誰しもが持っています

その権利を使っていつでも「幸せ」を目標に設定することができます

もちろん感情としてです

東洋人は西洋人とは反対側から目標を設定する方が成功哲学に入りやすいように思います

西洋人は目標をイメージすれば、感情が湧くのかもしれませんが(本当の所は知りません)

東洋人はまず感情を心に抱いてから、目標をイメージで思い描く方が容易いのではないのでしょうか

僕はこのことを考えるたびに

感情には時間の概念など存在しないのだなぁといつも思います

つまり、過去の出来事に思いを馳せて幸せな気分に浸るのも

まだ来ぬ未来の出来事に思いを馳せて幸せな気分に浸るのも

感情にとってみればどちらも同じで、今そのとき感じているんです

その出来事は、過去に起こったこと、未来に起こるかもしれないことかもしれませんが

感情には過去も未来も関係ありません

であるならば、なおさら人間は「幸せ」「心地よい気分」「楽しさ」をいつでも感じ取ることが出来るはずです

感情に時間概念がないなら、感情は未来永劫、過去永劫にさえその手を伸ばすことができるはず

その未来永劫に「幸せ」が無いなんて、そんな人生あるわけないでしょう?

だから、人間はいつどこでも「幸せ」を感じる(作り出す)ことが出来る

そのことを前提にして目標を立ててみると

東洋人にも受け入れやすい形になると思います

「幸せ」になりたいのなら、まず自ら心に問いかけて「幸せ」だと「感じる」こと

そして、その後に思考を働かせて、なぜ自分は「幸せ」なのだろうか?

と考えることで、自分が「幸せ」である根拠でその「幸せ」を支えていきます

その中の、「未来に向かってこのような目標を持てているから」の部分

その部分が西洋人のいう「明確な目標です」

しかし、これは現状に満足するということではありません

自分が「幸せ」であるという前提で作り出した目標が現状維持であるわけがありません

なぜか

大宇宙は常に多様性を求めており、人間にも前提としてその要素が組み込まれているからです

「幸せ」を持って「幸せ」を求める生き方

自分の人生にトラウマや、後悔、傷ついたことがある人はたくさんいらっしゃるかとは思いますが

その一つ一つが、自分と他者を異ならしめるアイデンティティとして機能しているのだと思えば

宇宙の摂理に決して反するものではないと、心を整えることが出来るはずだと思います
今日は「か」だな

◯「環状通り」

大きな町にはたいていありますね

◯「カンボジア」

外国の名前を一つ挙げよと言われると

なぜかいつも最初に出て来る名前

言ったこともないのに...

◯「カラス」

あいつらめ...

◯「カモメ」

あなたに会うことは滅多にありません

が、たまに都会でも鳴き声が聞こえる様な気がする

◯「カンニング」

竹山

◯「花鳥風月」

田舎が好きです

◯「カメラ」

携帯で写真とる姿って

様にならないよね

◯「カタルシス」

カタルシス効果

◯「カサック」

ヘリコプターの名前?しかも軍事用

◯「雷」

雷の光は地面から空に向かって伸びていること

知っていました?

◯「カレンダー」

どうして一週間は7日なんだろう

どうして一ヶ月は30日だったり、31日だったり、28日だったりするんだろう

一ヶ月の日数をちゃんと決めて、一ヶ月4週間28日すればいいのに

その方が、その月の目標を決めやすくなる

それと曜日が月ごとに変わるのも腹が立つ

「今日は何曜日だっけ?」

「今日は何日だから何曜日だな!」

という風に工夫できないものか...

◯「韓国」

韓国、結構でかいな...

◯「漢字」

漢字大好き

◯「カリフラワー」

ブロッコリーの一種?最近見ない

給食食わなくなったからか...

◯「神様」

よろしくお願いします

◯「柿本人麻呂」

歌人

現代に蘇ったら、カラオケでもどうぞ

◯「過疎化」

極点社会がやってくるかもしれませんね

日本の資源供給者がいなくなっちゃいますよ...

◯「関東」

濃口、もんじゃ焼き

◯「関西」

薄口、お好み焼き

あれ、どっちだったっけ...

◯「カミングアウト」

未成年の主張

「好きです!結婚して下さい!」

◯「からしマヨネーズ」

最近みない

◯「肝臓」

アルコール分解臓器

汗かいてもアルコールが出て来るわけじゃありません

◯「勝ち組」

この勝ち組って、お金を基準に言っているのか?

◯「角質」

ヒアルロン酸コラーゲン

◯「傘」

アンブレラ社は新型のバイオ兵器を開発致しました

どうぞお試しください

◯「関空」

ピーチに初めて乗った時、着陸で揺れまくり

機内に悲鳴が響きわたった

◯「完投」

クールダウンしてください

◯「漢方」

かなりきく

今日は「お」だな

◯「おまんじゅう」

別にまんじゅうでもいいのでは...

「お」を付ければ敬語になる言葉は五万とあるぞ...

この間セブンイレブンで買った、レアチーズ大福が美味しかったなぁ

でもリピートする程の味でもなかったなぁ

◯「オレオレ詐欺」

「うちの子は自分のことをオレなんって言わないだわよっ!」

おとといきやがれ

◯「おみくじ」

今年の初詣で引いたのは、凶だったっけ...

何となくそうかな...

◯「オリエンタルラジオ」

この間、空港の搭乗待合室で座ってたら

目の前に、藤森(藤本だっけ...?)が座って携帯いじってた

サングラスしてたから最初は分からなかったけど

武勇伝

◯「女」

男の鋳型

◯「男」

女の鋳型

◯「思い出」

思い出は人と人との絆

◯「温泉」

温泉行くかぁ

◯「オートロック」

これでなんどはじき出されたことか

◯「おしまい」

そう、おしまい
人間、大事なことは覚えているもの

人間、大事でなければ忘れてしまう

どちらにも共通していること

それは大事さに従って優先順位を付けているということ

しかも無意識に



何が言いたいか

人生、たくさん覚えてたくさん忘れよう!

そのために苦楽をたくさん知ろう!

自分のペースで前に踏み出せばいい

そうすれば、人生の価値は右肩上がりに登っていく

V.E.フランクルは「愛と死」の中でこのように言っている

「人生の価値は苦悩の中においてすら実現される」
「人生の価値は失敗の中においてすら実現される」

何もしなかった時期があってもいいじゃないか

何もしなかったという経験をしたんだから

足を踏み出さなかったらどうなるか

誰よりも知っているのだから