精神的苦悩

頻繁に悩む癖のある人は

この苦悩と共に毎日を生きていることと思います

僕もかなり頻繁に悩む性質です

頭を机に突っ伏して

「何のために生きているのか...」

と何度も頭の中で繰り返してしまいます

考えること、行動することからの逃避なのかもしれません

お陰で、心の中に自分の世界が出来上がってしまいました

それでもこの苦悩はなくなりません

僕は思います

この精神的苦悩はおそらく死ぬまで続くのだろう

死ぬ最後の瞬間になっても

「人類は何のために生きるのだろう...」

と思っていることだろう

しかし、僕はこの精神的苦悩を全く意味のないことは思わない

仏教は苦しみからの解放を説いているが

これは苦しみが無くなることを意味するものではない

なぜなら

「苦悩の無い人間は、苦悩からの解放を説くことなど出来ないからだ」

相手の苦しみを理解するには

何よりもまず理解する本人がその苦しみを味わっている必要がある

もし苦しみの無い人間がいたとしても、時間がたてばその苦しみを忘れてしまうだろう

だから、苦悩の解放を説く者は、まず本人がその苦悩に苦しんでいる必要がある

あるいはその苦悩を自分のコントロール下における人間である必要がある

苦悩と幸福の感覚を越えた人間であらねばならないのだ

苦悩を認識し理解し、幸福を認識し理解し

そしてその架け橋を経験した人間であらねばならないのだ

そのためには、あらゆる苦悩、あらゆる幸福を経験せねばならないだろう

この精神的苦悩もその一つだと考えるならば

それはそれで進むべき道なのだろう

この苦悩が一生続くものだったとしても...