仲宗根陽さん死去/あじさい音楽村代表 42歳 【本部】本部町渡久地で弁当屋をしながら若者に音楽を通じて居場所を与え、アフロマニアなど多くのアーティストを送りだした「あじさい音楽村」代表の仲宗根陽(なかそね・ひかる)さんが15日午前8時5分、腎臓がんで西原町内の病院で死去した。42歳。本部町出身。 告別式は18日午後2時から3時、本部町渡久地922、本部町葬斎場で。喪主は妻の美幸(みゆき)さん。 2008年に創設された沖縄タイムス第1回地域貢献賞受賞、本部町観光大使第1号として活躍した。 妻の美幸さん(43)は「弁当屋が原点。弁当を買いに来た高校生一人一人と真剣に向き合ってきたことが誇り」と悲しみを抑え振り返った。店の地下に「音楽村」をつくったのは居場所がなく、店の軒先で雨をしのぎながら練習する高校生の姿を見たのが、きっかけ。2006年に腎臓がんを発症し、手術を繰り返しながら、地域の活性化に尽くした。 8日には14年目の弁当屋開店日を祝う「あじさい音楽祭」が開かれた。「立つのがやっと」だったはずの仲宗根さんは最後までステージを見て、出演者や家族と記念写真に収まった。 高校時代、音楽村に通い8日の音楽祭にも出演した「Hearts Grow」のボーカル、ハルナ=本名・新崎春奈=さん(23)は「『よかったよ』って言ってくれたのが最後。自分のことより人の事ばっかり心配していた。出会いがなかったらプロも、メジャーデビューもなかった」と惜しんだ。
はじめて本部のあじさいの事務所に行ったときに高校の前まで迎えにきてくれました。
きそもとそばや新垣ぜんざい、遠征でいった大阪ではたこ焼き、たくさんごちそうになりました。
でもなによりも美味しかったのはにぃにぃが作ってくれたあじさいで作ってくれたごはんです。
きそもとそばや新垣ぜんざい、遠征でいった大阪ではたこ焼き、たくさんごちそうになりました。
でもなによりも美味しかったのはにぃにぃが作ってくれたあじさいで作ってくれたごはんです。
娘の事もとーってもかわいがってくれてて、今年のピースフルで
『おお~きくなったなぁ~』って声をかけてくれたのが最後でした。
『おお~きくなったなぁ~』って声をかけてくれたのが最後でした。
アフロマニアは解散してしまったけれども、きっとあなたの遺志は続いていきます。
にぃにぃがいたあじさいをずっと忘れません。
にぃにぃがいたあじさいをずっと忘れません。
ご冥福をお祈りいたします。