こんにちはッ
 
三十路独身女のあここです星
 
 
私は愚痴が大嫌い
ストレス発散や理不尽なことがあった時、たまにこっそりと愚痴を吐くけれど基本的には吐きたくない
何故なら愚痴を言うだけでは何の解決にもならないから
自分の欲だけを満たす愚痴に意味はあるのだろうか
 
私はいつも本人に直接言ったらいいのにと思う気持ちでいっぱいだった
 
そこには何の成長もしない、何も変わらない現状が待っている
ただ人に相づちを打させ、不穏な空気にさせ、人に気を遣わせ、人を不快な気持ちにさせているのだ
果たして何の意味があるのだろう(たまにの吐き出す程度の愚痴なら良いと思う)
 
私は女性の職場に勤めていたということもあり、常に常に常に愚痴だらけだった
神経を使って、気を遣う職業だからストレスが溜まって溜まって仕方がない
その先にストレス発散方法として待っているのは愚痴
中堅社員がいる前で、上司同士で、新人の愚痴が飛び交う
私は貴重な休憩時間にそんな汚い言葉を聞かされるのはご免だ
 
腹が立つ新人を自分が腹が立たないように育てるのが上司の役割ではないのか
腹が立った鬱憤は解き放されるかもしれないが、また同じことが起こる
何故なら注意や育てることをしないからだ
表面的には注意はするが、根本的にAはこうだからBだ、という深掘りしてまで教育はしない
 
私はどこの職場に行ってもこの違和感と戦っていた
職場ではなく、人生においてなのかもしれない
 
時には、こんな自分を冷めてる人と思うが、
夢の国が好きではない現実主義の家庭に生まれたのだから、仕方ない
 
私は無意味、無駄という言葉が嫌い
無意味なことなんてこの世には存在しないという声が聞こえそうだが
 
意味をなさない討論、ただ吐き出すだけの愚痴、付き合いだけの飲み会
 
そこには何の意味もない
ただ、時間を無駄にしているだけだ
自分の時間だけを無駄にしているのなら、どうぞお好きなように。
だが、他人も巻きこんでいることに気付くべきだ
 
 
 
人生とは限られている
 
最近、親友のお母さんが入院したし、交通事故に巻き込まれる人も多い
 
だからいつ、どうなっても不思議ではない
 
そんな自分だけの人生をアナタがどう生きるのかは、全てアナタ次第なのだ
 
アナタはどう生きたいですか?
 
 
自分が自分の人生を生きないのであれば誰が自分の人生を生きてくれるのか