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桜のデザインが欲しいので書いてみます!
元々、普通分娩の予定でした。
予定日を過ぎても陣痛がなかなか起こらず
ある晩いつもの様に座ってお腹を見てみたら
なんだかのっぺり横に広がってる?!
(なんだかおかしい!)
と思って、すぐに病院に救急で受診。
赤ちゃんに異常はありませんでしたが(ホッとして号泣)、予定日を過ぎていて陣痛が来なければ数日のうちに入院の予定だったので日にち変わったらすぐに入院する為に一旦帰宅し、荷物を持って再び病院へ向かいました。
翌日、陣痛促進剤を飲んだのですが
お腹が収縮する度に赤ちゃんの心臓に負担がかかっていることがわかり、主治医に緊急帝王切開をすすめられました。
旦那の立ち会い出産を希望していましたが、そんなこと言ってられないというかどうでもいい!無事に産むことができるなら自然でも帝王切開でも何でもいい!と思っていたので、
即「お願いします」と頼みました。
様々な書類にサインし、バタバタと色んな人が病室に入ってきて色んな検査をしました。
注射や点滴をしたり、トイレを済ませたり…
先生や看護師さん助産師さん達のテキパキさに驚くばかり。
あっという間に私は車椅子に乗せられ、手術室へ向かいました。
すると涙がボロボロと出てきました。
「あれれ、どうしたのかな?大丈夫!もうすぐ赤ちゃんに会えますよ!」
隣についていた女性に笑顔で励まされましたが、もうそこから涙は止まりませんでした。
「すいません、すいません…」と言いながらずっと泣いていました。
手術の不安
これまでの不妊治療のこと
健康な子が生まれてくるかな?
嬉しさ、恐怖、不安、感激…
色んなものが混ざって、涙が止まりませんでした。
手術室には沢山の人が待ってくれてました。
私が入ってからも何人も人が入ってきました。
そんな中でも私は涙が止まらず。
テキパキと動き、色んなことを確認し合う声
何か曲がかかっている、クラシックかな?
何の曲か覚えてないけど、それを聞いて涙がさらに出てきた記憶がある。
もしかしたら泣き声はしないかもしれない、そうなったらすぐに隣に連れて行きますからねと言われていた。
(同じ病棟のすぐ横に、赤ちゃんに何かあったらすぐに診てもらえる専門の施設があったのです。これが、私がこの病院を選んだ理由の1つでした。なんせ超高齢出産なので、不安だったんですよね)
麻酔が効くまで少しかかって、お腹を切る感触がほんのりした。
と思ったらグッ、となんどもお腹を押されて胃が圧迫された感じがした
…と思ったら、すぐに産声が聞こえてきた。
泣いてくれた!
「おめでとうございます!」
何人もの人に言われてまた泣いた。
赤ちゃんが向こうできれいに洗ってもらってるのが見えた。
そして私の目の前に赤ちゃんが来た。
あの時の感動は忘れないと思う。
「この卵を戻します」
とパソコンの画面に映った2つの受精卵
「いまお腹に入れましたよ」
モニターにうつる、お腹の中の移植された卵
胎嚢確認
心拍確認
少しずつ人の形になっていく影
大きくなっていくお腹
何度か出血し、その度に「やっぱりダメなんだ」と泣いた
それでもまだお腹にいてくれてまた泣いた
蹴られて痛かったこともしばしば
(この足が蹴っていたのね)
寝ている我が子を見て不思議な感覚を覚えた。
この手は、足は、
耳は目は口はどうやって作ったの?
お腹の中にいたのに、それは私にもわからない。
けれどあなたは存在している。
「授かりもの」
と言う言葉は、
そういう意味だったのかもしれない。
あの卵から人間になるまで成長したあなたは本当にすごい
無事に育ち、生まれてきてくれて本当にありがとう
そんなファンタジーな思いもつかの間、
そのあとには怒涛の育児の日々が(苦笑)
一生懸命、妊娠線のケアをしてたけどお腹にはしっかりと帝王切開のあとが。
そんなんどうでもいい。
私にとっては勲章みたいなものだ。
産声を旦那に聞かせてあげられなかったのは心残りだけど、それもどうでもいいかな(笑)
「帝王切開は近年増えていますが、それは悲しい子供を減らすためなんですよね」
退院前の診察でとある先生が言いました。
無事に産まれてくることが第一。
私もそう。
どんな方法で産んでも、愛しい我が子には変わりありません。
妊娠するときも、産むときも、沢山の人の手を借りて乗り越えてきた。
生きていくときも、自分1人では絶対に生きてはいけない。
この子は、少し早い段階から色んな人に助けてもらった。
不妊治療や帝王切開のこと、私はそんな風にとらえています。
