途中から見ているドラマ「隣の家族は青く見える」
今回は流産のシーンがありました。
ドラマと違って、
私はまだ心拍確認までいかず、胎嚢すら見ることもなくお別れしました。
心拍確認して、母子手帳をもらってからのお別れって本当に辛いと思う。
マタニティマークを引きちぎるシーンはヤバかったですね…
悲しみの気持ちがあそこに凝縮されていました。
私は、5週で流産しました。
病院からもらったクロミッドを飲み、そこで急に病院に行くのが嫌になってやめた事がありました。
まだ、タイミングか人工授精をするつもりだった頃の話です。
基礎体温が高温期に入り、そのまま落ちずにいたのでもしや?!と思い病院に行きました。
尿検査をしてもらいいつもの医師と顔を合わせると
「治療してない時に出来たりもするんだよねぇ。おめでとうございます!」
と言われ、電卓を取り出し出産予定日を弾き出しました。
日にちは忘れましたが、予定日は2月でした。
ドキドキしながら診察台に乗りエコーを見ると、何も見えない。
医師の声も少し曇る。
「まだ見えない場合もある時期ですから」
その時すでに少しの出血もしていたので、名前は忘れましたが流産を防ぐ?為の薬をもらい、自宅で安静にするように言われました。
(自宅で安静?)
そこは入院施設のない病院でしたから、そう言われるのは仕方ない。
私は、入院出来るものなら入院したかった。
せっかく妊娠したのだから、この命を守りたい。
けれど、この時期の流産は防げないと言われた。
自宅でじっと横になるしかありませんでした。
何日経ったか、思い出せません。
違和感を覚え、トイレに行きました。
すると、便座に座ったら一気に何かが出ました。
下を見ると、赤黒かった。
ダメになったことは一瞬でわかり、パニックになった。
旦那がいたので、大声で呼びました。
救急車で市民病院へ行き、検査の末に改めて流産を知らされた。
受け入れられない私を配慮してか、その日は入院する事になった。
血液検査の結果を見せられ、
この数値がこれくらいないと妊娠の状態ではない(=もうお腹にはいない)
現在も出血は続いていて、この数値は徐々に減っていく
と言われたが、私は受け入れられなかった。
数日前に行った潮干狩りで海に足をつけてたのがいけなかったの?
とぼんやり考えていると、先ほどの医師とは違う医師に診てもらう事になり診察台に上がった。
すると器具を入れるや否や物凄い痛みを感じ、泣き叫んだ。
何をされているのかわからないが、とにかく痛い!!!!
暴れる私なんてほったらかしで処置を続ける医師。
何分経ったか覚えていない。
痛みが終わると、医師が赤いものをピンセットに摘んで私に見せた。
「これが胎盤ね。麻酔したらもっと痛かったよ」
訳のわからないことを言い、使っていた器具をガシャンと放り出して医師はいなくなった。
勝手に、私の子宮を空っぽにしたのだ。
麻酔なしで、いきなり。
その後、眠れずにいると処置の際に近くにいた看護師さんがやってきた。
眠れない私を気遣い、
「さっきの、ね…麻酔したらもっと痛かった、って…ウソなの…普通あんなことしないの…」
半泣きで告白してきた。
普通の堕胎でも麻酔する、
あんなに痛くはならない…と…。
何となくわかっていた。
最初に診てくれた医師は、私に一晩の猶予を与えてくれた。
心が納得するように。
それを、嘲笑うかのような強引な処置。
きっと、普段からそういう医師なのだろう。
「ほんとは、こんなこと言うのおかしいんだけど…
ごめんね、止められなくて…」
そこで私の涙腺が崩壊した。
真っ暗な病室で号泣した。
看護師さんが、ずっと背中をさすってくれた。
泣き切ってから、話してくれた。
この病院には、産んでそのまま里親に渡す人もいる
欲しくもないのに妊娠する人もいる
何度も堕胎しに来る人もいる
どうして、欲しい人に授からずそういう人に授かるんだろうね
人それぞれに事情はあるのだけれど、毎日そういうのを見てるとうんざりするよ
私を慰めるため、いろんな話をしてくれた。
そんな中、私は尋ねてみた。
「今まで出産した人の中で1番年齢が高かったのって何歳でしたか?」
はっきりした数字は覚えていないけれど、確か私と同じくらいの43〜45歳くらいだと教えてもらった気がする。
「その人も不妊治療して妊娠してね、
『これが最後!』って挑んだ体外受精で妊娠したみたいで。無事に元気な子を産んだよ」
その頃、私は30代半ば。
そんな年上の人で産んだ人いるんだ、と少し希望がわいた。
翌日、最初に見てもらった医師と診察を受ける際にこの看護師さんがぴったりと付き添ってくれた。
わざわざ名乗り出てくれたみたい。
嬉しかった。
その医師も事情を聞き少し驚いた顔をしていた。
改めてした血液検査の結果を指差し、
「ね、この数値、昨日より低くなってるでしょ。
これを確認してから、処置するつもりだったんだけど…」
申し訳なさそうに私に言った。
同室だったご高齢の女性が1人いた。
その人は、病気で子宮摘出のために入院していて、少し目と耳が不自由な方だった。
ちょっとだけ話す機会があった。
「まだ若いからまた妊娠できるわよ!
私なんて病気でもう摘出しちゃうのよ〜」
笑いながら、女性はそう言った。
「もう若くないんですけど…」と言いたかったが、なんだか言えず。
つられて私も笑った。
帰宅後、夜。また眠れず。
なんだか眩しくて寝れない。
あの、強引な処置の時の天井の照明のまぶしさがまぶたに焼き付いていたようで。
旦那を起こして話を聞いてもらった。
「あんな処理しやがって、訴えてもいいくらいだ!」
普段そんなことを言わない旦那が声を荒げて言った。
そこでまた私は堰を切ったように泣いた。
泣いて泣いて泣きまくった。
そこからまた治療に踏み切るまで時間がかかりました。
時間がかかった上、今度は子宮頸部高度異形成という病気が見つかって手術することになったり、友達が何人も同時に妊娠して傷ついたりして精神的にもたなくなり、しばらく治療から遠ざかることになりました。
あの強引な処置のせいで、妊娠できない体になったかも?とさえ思いました。。。
時を経て、顕微授精で授かり妊娠。
帝王切開でしたが、無事に出産できたことは本当に本当に奇跡だと思っています。
私は産むことができたけれど、
流産や不妊治療中のつらさは一生忘れないと思う。
どちらも、心の痛みだけでなく体の痛みも伴うものだから、忘れたくても忘れられないのかもしれません。