私のしくじりエピソード

 

 

 

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中学生の時、


3年間


生徒会(風紀委員)の役員をしていました。




何故かと言いますと、


2つ上の兄が


やはり生徒会役員(図書委員)をしていましたが


全く委員会に顔を出さず、




「兄ちゃんが委員会の仕事せんけ


妹のお前が尻拭いせぇ!」




と、


当時の生徒会をまとめていた


神谷珠希先生


(女性の社会科の先生、以下珠希ちゃん)から


強引に生徒会に入れられたからです💦




私の真面目さに


珠希ちゃんが目を付け、


2年生の秋に


生徒会長の選挙戦に出ろと仰いました。




その年、


立候補者はたったひとり。


自ら立候補した


河野智大という男子生徒は


何故か私を敵視していたので


私は立候補したくありませんでしたが、




「信任不信任で決まるような選挙は


意味が無い!


当て馬は必要不可欠なんや!


私は松〇(私の名前)が


相応しいと思う!


やけ、出れ!」




と珠希ちゃんがしつこく仰るので


仕方なく出馬しました。




河野くんは、


私のクラス以外は


票集めのために


土下座しまくっていたそうです。


(授業をサボって。)




そして、


演説の日・・・。




私は緊張のあまり、


もの凄い早口で


演説をしてしまいました💦




一方、河野くんは余裕しゃくしゃく。




全生徒約1,240名の前で


赤っ恥をかきました(´;ω;`)


完全にしくじりました💦




それでも


神はお見捨てにならず、


1240票中、560票程


私に投票して下さった方がおられました。




珠希ちゃんも




「松〇、頑張ったのぅ!


大健闘やないか!


私も鼻が高いぞ!」




と、労って下さいました。




しかし、このしくじり、


長い間トラウマでした。




克服出来たのは34歳の時です。




元主人の会社は、


新日鉄住金や


勤続組合に属しており、


女性の営業は少なかった為


〆のスピーチや


音頭を取る事が多く、


アドリブでやってのけるようになりました。




あ、それ以前に


スーパーの閉店のアナウンスで


少しだけ克服した記憶もあります。


(店長命令でアナウンスさせられていました。)




人前に立つ事は


なかなか無い人生でしたが、


貴重な体験でした。




コホンッ!


ここでひとこと。




河野!


お前生徒会長だったくせに


全然働かなかったな!


内申書目当てとしか


思えなかったぞ!


風紀委員は


忙しかったがな!




・・・失礼致しました🙇‍♀️




因みに珠希ちゃんは、


私の働いていたスーパーに


よく買い物に来て下さいました。



いつも


私を指名してくれた珠希ちゃん。


ありがとうございました🙇‍♀️