ありのままの自分に戻った日 | 全てが愛で満たされ、健やかでありますように

全てが愛で満たされ、健やかでありますように

奈良県でヒーリングサロンをしています。
スピリチュアルカウンセラーのacoです。
現代レイキマスターとしてヒーラーもしています。

赤ちゃんが欲しいあなたのために、
子育て真っ最中のお母さんのために
健康で長生きしたいあなたのために
愛と薬草を届けます。

今日はめっちゃスピリチュアルな話をします。



理解不能な、どスピの偏った話やから



興味ない方はスルーしてね。



ついてこれる人だけついてきて(笑)




 

定期的に、レイキの大先生の元にヒーリングを受けに行ってるんやけど、



先月はたまたま、私の誕生日やったのね。




誕生日に大先生にヒーリングしてもらえるなんて幸せやなぁ。



って感じながらピンポンを押しました。




先生がお迎えしてくれ開口一番に




「acoちゃんどうしたん!?めっちゃ雰囲気かわったなぁ!丸くなった!」



って言ってくださって。




うすうす感じてたけど、


どうやら、はたから見ても全然違うらしい。





自覚があるとしたら、



東京aco回が終わり、オフシーズンと決めた今、




走りたい!の欲求のまま筋トレに励み、




自分の体と心に自分のペースで向き合えているということ。




「なんかねぇ。めっちゃ幸せなんです。幸せってこんな自分の内側にあったんやなぁと思って。」




自然と口から出た言葉がこれだった。




自分のペースで生きる。



これが私に必要なことだった。





「それに気づいたら、私、すべてが有るなぁと思って。幸せでたまりません。」




と笑っている私。




いや、客観的に見て、



去年の私と、



今年の私、



持っているものは同じで特に変わったことはない。




持ち物、仕事、家族、どれも何も変わっていない。



けど、明らかに幸福度が違うのだ。




「前までのacoちゃんは、優しい顔をしながらどこかジャックナイフをチラつかせて自分を少しチクっとだけ傷つける、みたいな雰囲気あったもんね。」




と先生の衝撃的発言。




私、そういう風に見えてたんや(笑)




確かに、ストイックすぎて自分を追い込む節があるわなぁ。




サロンをオープンして大先生がサロンに来てくれた時にも、





「何か、もっと人の役に立つことを身につけたい。私が触れたら妊娠する!みたいな魔法が使えたらいいのに。」




とかうつけな事をぬかしていた私。




今やから“うつけ”と思えるけど



当時は結構本気で



もっともっと、知識をつけないと。



もっともっと、この世に赤ちゃんを誕生させる方法を見つけないと。



もっともっと出来ることを増やさないと!

 



という足りない!足りない!に支配されていた。




だから、中医学を勉強して、薬膳を勉強して、野草やハーブの勉強をして、カードリーディングを勉強して、ヒーリングを広めて、子宝祈願をして、




とにかく自分の波動を含め



みんなの波動を上げて



幸せな人を一人でも多く増やすぞ~!!!




と、猪突猛進で




それこそ子育て、家事、仕事の三本柱を分刻みのスケジュールでこなしてきた。


(子育て優先とかいうときながら、微熱程度やったら両親に預けて仕事してた💦)



 

日々、充実していたし、楽しい!ドキドキ!ワクワク!はついて回っていた。





そんな私に賛同してくれる仲間も増えて



幸せ者だと感じることも多々あった。




けど。




このけどに、何が含まれるのか分析してみる。




不足感。



この不足感を埋めなければ、本当に求める幸せが手に入らない。と気づく。




私は2019年、我武者羅に頑張った。




それに伴い、愛しい命がぽこぽこと誕生してきてくれている。




そんな幸せなはずの私に圧倒的に足りないもの。




「時間」だ。




そう、私はいつも忙しい。




忙しくて、時間がない。




24時間では足りないのだ。





だから、年末、忘年会を5件も6件も入れてさらにワンオペにさせる旦那さんに腹が立って、苛立ってしょうがなかったのだ。




「男ばっかり自由でずるい!」




そう、私も自由が欲しい!




いや、自由な時間を作ろうと思えば、作れるはず。




両親に頼めばいい。


旦那さんとスケジュールを調整して、忘年会に繰り出すことだって可能なはずだ。



それをわざと自分がしていないだけで、



自由に動ける旦那さんを羨ましい!


と勝手にブー垂れているだけなことに気づく。





なぜ、自由に自分の時間を使うということを実行しないのか。




そこに注目してみた。




きっと、私の中にまだ、




夜中、子どもを置いて飲みにいくなんて駄目な母親だ。




良いお母さんは、子どもを最優先にして、自分のやりたいことは我慢しなくてはいけない。




人を頼って、迷惑をかけることはいけないことだ。




育児はしんどいものだ。




子どもが大きくなるまでの辛抱だ。




子どもと一緒にいることが何よりの善で幸せなことだ。




子どもが欲しい人がたくさんいるのに、子育てがしんどいなんて口が裂けても言うな!

 




と、私を戒めて、孤軍奮闘させる私がいたからだ。

 



特に、この部分。



子どもが欲しい人がたくさんいるのに子育てがしんどいなんて口が裂けても言うな!





今書いていても涙が溢れてくる。

(まだそんな自分と戦っている最中なんだと思う)

 




昨年のクリスマス頃にそのことに気づいたのだけど、そのモヤモヤ、イライラは一時期の夫婦仲をすごく険悪にした。

(といっても2~3日だけど)




1年間喧嘩をしなかったので、


久しぶりの険悪な雰囲気。



(去年も冬至あたりに勃発したので、やはり、太陽のエネルギーと何らかの関係があるのかも)





そんな時はどうするか。




やっぱりヒーリングなわけで。




ヒーリングエネルギーを全身に流しながら、宇宙を浮遊するような感覚に身を委ねる。




すると、1週間前に家族5人で参拝した奈良市の春日大社の光景が浮かんだ。




子どもがわちゃわちゃしていたけど、せっかくきたし、奥まで入ろう!と旦那さんが特別拝観料を払ってくれた。




参拝は子どもが粗相をしないかに目を光らせていたので



感謝を伝えるのに精一杯で、



特に何かを感じることはできなかったのだけれど、



本殿の前で手を合わせている彼の声が





今になって聞こえてきた。




「家族みんな元気ですごせますように」




まぁまぁ、そうやんな。定番やんな。




そのあと、彼がご神木をえらく気に入り、




念入りに写真を撮って、帰り際、熱心に手を合わせていた。




その彼の声も



今ごろになって聞こえてきた。





「こいつら3人が大人になっても、acoちゃんのことを大事にしますように」



 

彼の大きすぎる愛にぐるっと包まれる。





あぁ、私は愛されているなぁ。




私と同じ幸せを



願ってくれる人が隣にいる。




なんて私は幸せなんやろう。




私を愛してくれる人がたくさんいる。




愛する人がそばにいる。



それを感じられる健康な体がある。



食べるのに困らないお金がある。



寒い日も雨の日もほっこり過ごせるお家がある。

 



なんや、私、全て持ってるやん。



全部あるやん。



すでに持ってたやん。



気づいてなかっただけやん。



頭ではわかってたはずやのに



心で実感できてなかっただけやん。



 

そういうふうに思うと



 

自分が幸せすぎて、




涙が止まらなくなった。





なんか、その時に呪縛がとけたというか





そんなに頑張らなくても、




今のままで充分って思うようになってん。

 




無理にすごくなろうとしなくていい。




無理に頑張ろうとしなくたっていい。




人からなんて思われようたっていい。




私はそのまんまでいいんや。




ありのままの私で完全なんや。




って。

 




だから、ゆっくり、じっくり自分のことをもっと労わって、かまってあげて、可愛がってあげようって。

 




子どもを含めて自分以外の人にかける時間以上に、




自分にかけてあげる時間をもっと増やそうって。




もっと自分にかまってほしかったんやな、私(笑)

 




そんで丸くなってん私(前置き長いわ!!笑)






 

んで、肝心なスピ話は次回に続く。