宮下です。
2/19にシンポジウムにいってきました
シンポジウム報告というより私見を多く書きます。
建築学会近畿支部
「コンクリートと木のコラボレーションによる持続可能な住まいと地域住環境の設計」連続シンポジウム
『持続可能な都市住宅地のあり方を考える』
http://news-sv.aij.or.jp/kinki/
です。
出てきた意見として,(日本や先進諸国におけるという前提だろうとおもうが)
今までのマスハウジングからマルチハウジングの展開をするべき
コルビュジェらのモダニズム,日本なら西山夘三の時代に提唱された理論からの脱却
さらに明確に批判する新しい教科書の出現をのぞむ
これからの都市住宅地は,低層高密の「ミニ戸建」の集積した方向で行くべきだと
いろいろな世代が住む町の形成
これからは縮小型の建て替えがすすむなかでの論理の展開とは
住宅の解体性能が重要
などなど
差し出がましく私の意見を述べると
当然,コルビュジェ,西山夘三らの時代の提唱されたことが現代に会わないのはわかります。
その時代から理論を提唱できたのは情報技術が発達し広めることができたからでしょう。
そこで目立つために真新しいことばかり出てきて
だからこそ,今となっては異質に残り,時代に合わなくなった
しかし,それで進んできたので
それを受け継ぎ,また,それ以前に立ち返り,変化させていく発展をしなければ,単発の論理の連続で,いわゆる「建築家」は一般に受け入れられないまま時代が続くのではないだろうか。
それじゃあ,ひとのQOLはあげられないかなあ。
建築は特に住宅は人が暮らすわけだから,論理や実験の展開を示す大きい模型をつくるようなことでは,ますます「建築家」は一般の人から遠ざけられ。ハウスメーカーへ施主が流れるのでしょう。
「建築家」は「建築家」「建築評論家」に評価されることを目標としているのでしょう。
日本の新しい住宅地にハウスメーカーの住宅が建ち並び,地域性もなく安っぽく,なんとも残念な町並ができた,これから作られる責任は「建築家」にあるのではないか。
と,はなしがそれた感想を持ちました。
というより,再確認しました。
ところで,住田先生(大阪市大)が「持続可能な社会の原点」として祝島を紹介されていました。
ちなみに私はそこに1月に研究室の視察で訪れていました!
祝島は,瀬戸内の島々の西の端にあり,500人ほどの集落をもつ島で
練塀集落を形成しています



ちなみに,今は対岸に原発が建ちそうで苦労しています。
「持続可能」なという紹介でしたが
平均年齢は70を超え,しかも対岸に原発が建てば自然環境が変わり漁に影響もでるでしょう。
これから,どう維持されるのか,どう克服するのか
そういうモデルにはなりうるかなと
大陸の国々はともかく,日本は新しい文化が入ってくるにしても
特に住宅は近代までゆっくりと変化してきたはずです
そこまで立ち返らないとも,再び現在の生活をしっかりとみつめそれをベースとして
ひとのQOLをあげる工夫をこらしていきたいものです
それがハウスメーカーか,そりゃうけるわけだ...
2/19にシンポジウムにいってきました
シンポジウム報告というより私見を多く書きます。
建築学会近畿支部
「コンクリートと木のコラボレーションによる持続可能な住まいと地域住環境の設計」連続シンポジウム
『持続可能な都市住宅地のあり方を考える』
http://news-sv.aij.or.jp/kinki/
です。
出てきた意見として,(日本や先進諸国におけるという前提だろうとおもうが)
今までのマスハウジングからマルチハウジングの展開をするべき
コルビュジェらのモダニズム,日本なら西山夘三の時代に提唱された理論からの脱却
さらに明確に批判する新しい教科書の出現をのぞむ
これからの都市住宅地は,低層高密の「ミニ戸建」の集積した方向で行くべきだと
いろいろな世代が住む町の形成
これからは縮小型の建て替えがすすむなかでの論理の展開とは
住宅の解体性能が重要
などなど
差し出がましく私の意見を述べると
当然,コルビュジェ,西山夘三らの時代の提唱されたことが現代に会わないのはわかります。
その時代から理論を提唱できたのは情報技術が発達し広めることができたからでしょう。
そこで目立つために真新しいことばかり出てきて
だからこそ,今となっては異質に残り,時代に合わなくなった
しかし,それで進んできたので
それを受け継ぎ,また,それ以前に立ち返り,変化させていく発展をしなければ,単発の論理の連続で,いわゆる「建築家」は一般に受け入れられないまま時代が続くのではないだろうか。
それじゃあ,ひとのQOLはあげられないかなあ。
建築は特に住宅は人が暮らすわけだから,論理や実験の展開を示す大きい模型をつくるようなことでは,ますます「建築家」は一般の人から遠ざけられ。ハウスメーカーへ施主が流れるのでしょう。
「建築家」は「建築家」「建築評論家」に評価されることを目標としているのでしょう。
日本の新しい住宅地にハウスメーカーの住宅が建ち並び,地域性もなく安っぽく,なんとも残念な町並ができた,これから作られる責任は「建築家」にあるのではないか。
と,はなしがそれた感想を持ちました。
というより,再確認しました。
ところで,住田先生(大阪市大)が「持続可能な社会の原点」として祝島を紹介されていました。
ちなみに私はそこに1月に研究室の視察で訪れていました!
祝島は,瀬戸内の島々の西の端にあり,500人ほどの集落をもつ島で
練塀集落を形成しています



ちなみに,今は対岸に原発が建ちそうで苦労しています。
「持続可能」なという紹介でしたが
平均年齢は70を超え,しかも対岸に原発が建てば自然環境が変わり漁に影響もでるでしょう。
これから,どう維持されるのか,どう克服するのか
そういうモデルにはなりうるかなと
大陸の国々はともかく,日本は新しい文化が入ってくるにしても
特に住宅は近代までゆっくりと変化してきたはずです
そこまで立ち返らないとも,再び現在の生活をしっかりとみつめそれをベースとして
ひとのQOLをあげる工夫をこらしていきたいものです
それがハウスメーカーか,そりゃうけるわけだ...



















