こちらが
『これは○(まる)だよ』
と伝えても
相手は□(しかく)と
捉えるかもしれない
こちらが
『これは青だよ』
と伝えても
相手は緑と
捉えるかもしれない
こちらが伝えた情報を
相手が
どう捉えて
どう自分に落とし込むかは
相手次第
こちらは決められないし、
こちらが決めることではない
のです
自分は自分
相手は相手
自分と相手には境界線があり
その境界線を
ズカズカと侵入してはいけない
『違う!これは○なの!』
『青って言ったでしょ!』
『なんで分からないの!?』
自分が伝えたいこと、
なかなか伝わらないもどかしさ
うんうん。
分かります。
でもそれでイライラするのは
ちょっと違うかも。
それって結局、
相手に分かってもらえないからじゃないかと。
もっと言うと
分かってもらいたいだけなんじゃないかと。
自分のことを、
お相手さんに。
相手に
『本当ね!あなたの言う通りあれは○ね』
とか
『仰る通りあれは青だね!さすが!』
って言ってもらいたいだけ。
言ってもらえたら
認めてもらえた気がするから。
自分のことを相手にね。
ところが
『バカね、あれは□よ!』
『どう見ても緑だよ!目悪いの?』
と言われたら
なんか否定された気がする。
自分が。
人は無意識に自分のコピーを作るというけど
それは
相手が自分の価値観に染まり
見事自分のコピーとなれば、
自分が相手に認められたと
感じることが出来るから。
自分がピンク大好きで
ピンクを一生懸命プレゼンして
翌日、
相手が全身ピンクで現れたら
認めてもらえた!
と感じることができるけど

相手が全身ブラックで現れたら
途端に否定されたと感じてしまう

人は無意識に自分のコピーを作るということ
それだけ私たち人間は
承認欲求に振り回されて
生きている
ということ
人間、
煩悩の塊
人間のじぶん。



