La Sarthe, my back pages-962C やっと終わった。いくつかの仕事が連続した結果だが、昨年の11月以来続いていた仕事が昨日の原稿で一段落した。嬉しいのは、少し頭を休めてから次のプランに取り組めることだ。気楽になってTVに目をやると、女子カーリングの日本チームがイギリスを相手にすごいゲームをやっていた。1投ごとに形勢が変わる。ストーンの置き方でピンチがチャンスに、チャンスがピンチとなる競技だ。オセロと似ているな、と思った。


日本チームの健闘を見ながら、あるレースを思い出していた。追い詰められ、耐えながら逆転の糸口を作り出したポルシェ962C⑰号車(シャシー№006)と1987年のル・マン24時間である。以前1988年のル・マンで敗れたポルシェ962C⑰号車(シャシー№010)を「最強の敗者」と評したが、同じ視点で表現するなら「孤高の王者」となる。


この年のポルシェは、TWRシルクカットジャガーの台頭で、スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)では完全に追われる立場となっていたが、耐久性と信頼性が要求されるル・マン24時間だけは、まだ望みをつなげる状態にあった。


ところが、両ワークス3台ずつで臨んだル・マン24時間は、ポルシェの側に不運が相次いだ。予選で1台がクラッシュ大破。2台で臨んだ決勝は、オフィシャルガソリン不良のため、開始早々に1台がピストンに穴を開けて脱落。エースカー962C⑰号車の1台だけで戦う不利を余儀なくされた。


一方のジャガー、中堅のF1ドライバーを集めスピード型のチームを編成。これがきわめて好戦的。1対3という数の優位を生かし、ポルシェを包囲しながら次第にペースを上げる作戦を採ってきた。付いてこなければそれで脱落、付いてくるならハイペースに巻き込み潰すだけ、という強気の作戦である。


この戦い、ポルシェが応じたことで一気に激化した。さらにペースを上げるジャガー、しかし応戦するポルシェ。両者ハイペースによる膠着状態のまま日没を経て夜間戦に突入。そして肌寒さを感じ始めた頃にポルシェの反撃が始まった。ジャガーを上回るペースでラップを刻みだしたのだ。気温が下がり空気密度の上がるタイミングをN.ジンガーは待っていた。


これでジャガーのウルフパック作戦は崩壊。てんでにポルシェを追い始めたが届かない。逆にハイペースがたたり壊れ始める。勝負は日曜午前までに決着した。ハイペースに巻き込み潰すはずだった相手に、同じことを仕掛けられて3台すべてが壊滅。


劣勢に立たされたからこそ、己の力を冷静に分析し、採るべき最善の手だてを講じたN.ジンガーの判断とそれを正確に実行したH.スタック以下ドライバーの力量、それに十分応えた962Cのポテンシャルとリライアビリティ。チームの総合力とはこういうことを指す。


数多くのレースを見てきたが、私的には、ベスト3のひとつに数え上げている。