週2回の更新を目指しつつ、ブログを書く難しさに直面。物書きで飯を食ってるくせに、と言われそうだが、原稿書きと違って当惑するものなんですよ。こんな私とは逆に、多いときには1日数回も更新する方を知っていますが、つくづくえらいですね。頭のいい人で多芸多才、文章もウィットに富んでいる。おまけに、ものスゴ~イ美人(これ、直接関係ないか!) 天は何物を与えたんでしょうか。
さてさて、レーシングオン誌で「ハコスカ」GT-R企画の一部を書かせてもらいましたが、まさに役得。当時に戻り、拙い記憶をたどりながら、黒沢さんや長谷見さんに話を聞くことができるワケです。これは最高。取材者冥利に尽きるとは、まさにこのこと。
いかん、いかん、順序が逆に。時間が経ってしまいましたが、御両名様、たいへんありがとうございました。
同じく、GT-Rの1勝目を記録した篠原孝道さん。お目にかかるのは今回が初めてでしたが、噂に違わぬ紳士。物事の推移を順序立て、理路整然と語って下さいました。こうした方々が日本のモータースポーツを支えてきた、と感慨も新たに。
初代レーシングGT-Rファン(というより日産ファン)の小僧っ子にとって、GT-Rのレースシーンはすべてが名場面。とくに、圧勝シーンは絶対的存在。ひいきの引き倒しというヤツですかね。ロータリーには死んでも負けるな、ぐらいの思い入れでした。(マツダファンの方、ごめんなさい。ちなみに、いまマツダ車のオーナーです)
ですが、この業界に入り、自分が取材する側に回り、報道されない諸般の事情をいろいろ知るようになると、気付かぬうちに見方が変わっていました。おもしろいもんです。GT-Rに関して言えば、真正面対決で敗れた72年5月のJAF-GP、そして72年10月の富士マスターズ250㎞。矢尽き、刀折れての満身創痍。敗れてなお強し、王者の威厳。GT-Rの真価は、実はここにあったのではないか、と。
敗戦は敗戦、負けは単なる負け。この価値観、認めます。が、理屈をこねて、滅びの美学という考え方があってもいいんじゃないかと。引き際の潔さ、これが日本人の共感を呼ぶ武士道なんでしょうか?
