最後のブログアップから3年が経っていた。他の方のブログにはお邪魔するくせに、自分のブログは放置状態。ひとり言のつもりで作っていたが、コメントをもらえるようにしてもいいかと思い直し、設定を変えてみることにした。


自分の人生で、あまりに衝撃的なことが起き、今後の人生をどうしたらよいのか熟考している状態だが、それでも前進するしか選択肢はないようだ。ならば、いつしか記憶の片隅に追いやっていたこのブログを、新たな気持ちで再開してみるのも気持ちを整理する上でいいかもしれない、と思った次第だ。


今年もル・マンへ行ってくる。26年連続26回目のル・マン、もちろん私のライフワークだ。このレースを取材していて自然と気が付いたことがある。どこが勝ったか負けたかなんてことは、どうでもいいことだと思うようになったことだ。1923年以来今年で91年目。途中、第二次世界大戦を挟んでやむなく休止していた時期もあるが、振り返ると連綿とつながる時間軸の集大成だと気付いたのだ。毎年、確実に開催されること自体が大切なのだと。ACOの意識もそこに集中する。


今年はトヨタにチャンスが巡ってきた。ターボCカー、TS-010、TS-020と流れてHVプロトの時代に。HVでは世界の自動車業界をリードするトヨタだが、一昨年TS-030で復帰して以来、それまでのトヨタとは参戦体制が大きく変わっている。背景に東富士が存在することはそれまでと同じだが、活動の主体、予算がTMGマターとなっていることだ。いわゆる「トヨタ自動車」規模による活動ではないのだ。


しかし、限られた枠組のなかで実によくやっていた。木下社長、村田主査と、いい意味でのサムライ魂がみなぎっている。過去2年、明らかにアウディに有利なレギューレーション下で、予算も不十分、弱音をはきたくなったことも多々あったと思うが、文字通りの創意と工夫で乗り切ってきた。レースの世界、勝ち負けがすべてなのだが、この組織には、プロセスが大事と生き方を教えてもらったような気がする。


元来、強大な資金力と組織力でレースに臨むトヨタに対しては嫌悪感しか覚えることはなかったが、TS-030を開発してル・マンとWECに挑み続けるTMGの姿勢には、敬意すら覚えるようになっていた。そして今年、TS-040といういいクルマが出来あがった。期せずしてあまりに多くのいろいろな思いが交錯する状況となり、なんとしても勝たせたい、勝ってほしいと強く願う状態だ。


今年は車検はパス。予選からで月曜日に発つ予定だ。



3~4日前のことになるが、元・上野村の村長を務められた黒沢丈夫氏の訃報を目にした。単機の航空機事故としては、不幸にも史上最多の犠牲者を数えたJAL123便の墜落事故現場となった群馬県の上野村で、当時村長の職にあったのが黒沢氏だった。


氏は、事故発生直後から村を上げて救援体制を組んで救援活動に大きく貢献し、救援活動終了後には「慰霊の園」の敷設に尽力したことで知られている。この御巣鷹山での事故は300人以上の身元が判別できず、身元不明者は当該地の自治体が永代供養にあたるという法律に従い、上野村が慰霊施設を設けたものだが「いつ訪れてもチリひとつ落ちていない」と徹底した管理ぶりが評判になっていた。


冷静で的確な事故対応と好対照を成す人命を尊ぶ姿勢。鮮やかなコントラストだった。失礼ながら、並の自治体首長とは異質なことに気が付いた。不覚にも、事故からかなり経ってのことだったが、実は氏の名前、別の分野で目にしたことがあったのだ。


氏は、大戦中の激戦をかいくぐられたゼロ戦のパイロットのお一人であったのだ。坂井三郎氏、岩本徹三氏のように大きく名を知られるパイロットではなかったが、優秀なゼロ戦乗りとしてその名を残す人物である。


それにしても、なんという運命の巡り合わせなのだろう。航空機事故史上類を見ない惨状にあたったその人物が、凄惨な死地を幾度も目にしてきた人物だったというのは。とても氏の心中を察するなど及ぶべくもないことで、ただ言葉を失っていたことだけが今も記憶に残っている。


改めて、御巣鷹山でお亡くなりなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、97年の生涯を閉じられた黒沢丈夫氏のご冥福をお祈りしたい。合掌。これで繰り返してはならない戦争の記憶が、またひとつ薄らいでいくことになるのだろうか?

政府の承認を得てF35が次期戦闘機として決定した。発表記事を見ると、20日午前の安全保障会議とあるのがなんとも象徴的だ。昨日昼に持ち上がった降って湧いたような緊張状態を受けての決定。「既定事項だから」というのは当然で、マスコミ的におもしろおかしくこじつける気は毛頭ないが、それにしても決定のタイミングがピンポイントで合いすぎていた。この状況なら、F35の反対理由がどこにもないからだ。


タイミングといえば、このところいかにも「老朽化しました」という印象を与えるかのように、F15に関わるトラブルが表出っている。実状はメンテナンストラブルで、機体の老朽化はほとんど関係ないのだが。


F2の例もあったように、FXの独自開発は横やりが入るが、米製品購入ならことはスムーズに運ぶ。F35の場合、共同開発に参画できればなおメリットは大きい。とくにステルス技術(現状パッシブだが)に関しては、日本の技術なら確実にトップに立てると確信している。パターンとしては、F15の後方監視レーダーなどがいい例だろう。少しばかり、ザマァ見ろって気分にさせてくれる。技術立国ニッポン、うんこれでなくちゃ。


なんというか、日本のこうした技術は、制約があることや逆境に立たされたことで伸びているケースが多かったように思う。海自が持つ通常動力艦の潜水艦にしてもそうだろう。船殻構造や材質(材料工学)の面では群を抜いている。核動力を使えないハンディがほかの分野の進化を促した。かえすがえすも、日本の技術者魂には涙が出るほど敬服させられる。


サーブが破産、ショッキングなニュースが伝わってきた。自動車が趣味の対象から実用の道具となり、要求性能が安全、環境、経済性に特化してくると、個性で売っていたふつうのメーカーが衰退した。同じ個性でも、スポーツやプレミアムで売っていたメーカーは生き残れているあたりに市場のニーズを見る思いがする。


2サイクルFFが売りだった時代が懐かしい。スターリング・モスの妹、パット・モス・カールソンが女性ラリードライバーのはしりとして活躍したことで知られている。あの手この手で生き残りを図ったが、近代化と引き替えに個性が薄れ、その結果商品力を低下させたことが大きな敗因たろう。


このあたり経済アナリストに言わせると経営戦略の失敗という表現をするが、もっと単純に、魅力のない商品を作ったと言ったほうがはるかに分かりやすい。昔日の面影いまいずこ……。資本の頼り先が中国というのも、時代の変化を感じさせる。

今週、空自のFX案がF35で決まったというニュースがあった。 F35、FA18、ユーロファイターからの3択だから、F35に決定するのは大方の予想どおりでは? 第5世代機と第4世代機では能力が違いすぎる。ましてFA18は、元をたどればF16とのコンペに敗れたF17がベース。「次代の日本の空を~」なんて錦の御旗でも上げようものなら、税金の無駄遣いと言われるのがオチだ。未来、将来への備えに過去は不要だろう。


ユーロファイターには興味があった。第4世代機の中なら屈指だろう。一連のスフォーイSu-27系とやらせてみたい機体だ。そう、選択肢としてはロシアを加えておくのも外に対するアピールとしては有効だったのでは? 最終選択にならないことは明らかだが、友好の名のもとに足元を見てくる国との付き合いに対しては、ちょっとした喚起になったのではなかろうか?


いやいや、スフォーイの選択肢は真剣に考えたことがある。アビオニクスを日本の技術でやり直せば、そこそこいけるようになるのではないか、と。問題は兵装か。空自の在来機種とまったく互換なし。もっとも、それだったらユーロファイターも同じではないか、となるのだが……。(NATO軍とUS Air-forceの互換性については詳しくないもんで)


La Sarthe, my back pages-35

FXが3択となった時点で、たしか約1兆円の計上予算という報道が。これで40数機の調達という内容だったかと。オイオイ気が付けよ、である。FA18やユーロファイターの購入にこの額が必要か、と。極論すれば、1億円の予算でプリウス10台を買います、と言っているようなものである。いや、F35にしても高すぎる、と思ったものだ。


ひょっとして、諦めきれないF22の再折衝まで視野にあったのでは、と勘ぐるのが常識人というものだろう。ラプター、やっぱりいいねぇ。F15相手の模擬空中戦のスコアを見れば、誰だって欲しくなる。


F35については、もうひとつ狙いがあるような気も。Bタイプの存在だ。Bタイプの開発が中止になったかどうか知らないので断言できないが、海自の「ひゅうが」級とそれに続く護衛艦の存在を考えればBタイプに対するニーズは当然。フォークランド紛争時のハリアーを見れば、アイランド国家として必要不可欠でしょう、と声を大にした防衛省担当官の存在が目に浮かんでくる……。


などなど、勝手なことをヌかしながら、いまのささやかな願いはANAの787に乗ってみたいこと。重厚長大なA380は、快適性の点で747を上回っていた。筐体剛性やフロア剛性と微振動、そしてこれらと疲労の関係。新幹線の500系が700系に対して未熟だったのはこのあたりだ。どなたかお詳しい方? そうそう、C-FRPに精通する知人と話をしたのだが、航空機で使用した場合の耐久性はどうなんだろうか、という疑問。彼の専門はレーシングカーなので、温度変化、圧力変化、耐水性、耐候性など広範にわたる影響についてはあまり考えたことがないんだとか。


気が付けば8か月もお休み。貧乏暇なしだったらまだしも、暇だから貧乏するという負のスパイラル。あっという間の年の瀬ながら、更新のない間も絶え間なく訪れてくれる方がいたことには驚いた。適当な暇つぶしぐらいにはなったのだろうか、と考えてしまう。


振り返れば、震災直後はクルマブログでなく航空機、艦船にテーマは転んでいたが、ビークルすなわち乗り物という点ではどれも同じ。たぶん、クルマ好きの人は他の乗り物にも同じように興味を示すのではないか、と思っている。


La Sarthe, my back pages-001


復帰ネタは11月27日のTGRF、トヨタ・ガズー・レーシング・フェスティバル。昨年までトヨタ・モータースポーツ・フェスティバルと呼ばれていたイベントで、今年からガズーレーシングの名が加えられたものだ。


トヨタはつい先日、来年のル・マンにハイブリッドプロトで参戦することを表明。F1予算の半分もあればスポーツプロトとWRCができる、と前から書いてきた。トヨタは世界屈指の量産メーカーだ。となれば、撃って出る土俵は量産車ベースあるいはその延長線上にあるスポーツプロトとWRCだろう。とくにスポーツプロトは、トヨタ自身が世界の第一人者を自認するハイブリッドシステムがデバイスとなるだけに、遅きに失した感はある。


La Sarthe, my back pages-002


イベントコンテンツは、新旧レーシングカーのデモランやトークショーと、この手のイベントとしての定番メニューだが、サプライズとして開発コード「FT86」で呼ばれてきた通称ハチロクが、正式名86として公式デビュー。東京モーターショーに先立つこと4日。モータースポーツファンが集まる舞台でのプレデビューは効果満点。若者のクルマ離れはある程度しかたのないことだと思っているが、クルマで走る楽しさを知らない“食わず嫌い”の層に、うまくこのクルマの意味が伝わるといいのだが。(乗っていないので、果たして本当に走って楽しいかどうかはまだ分からないが)


ル・マン・プロトTS-010(Cカー)を横向きになって追いかけたWRCセリカGT-FOURの力走がいちばんおもしろかったTGRFでした。