つづきます

うまくまとめられてる自信がありません

が、記憶のためおもいつくままに‼︎


なんとなくのぞいちゃった方はすみません笑


救急車が到着し、歩けますか⁈と声をかけられた。

アドレナリンがおそらくMAXだったので、痛みは感じておらず、歩いて救急車へ。


救急車とゆーか…救急はなんとなく見慣れており…

看護学校を卒業後、出産まで、総合病院で3年働いていた。救急のサイレン音、コールはもちろん救急室に入院の患者様を迎えに行くときは3年経っていても緊張した。いまはデイサービスに勤めて10年以上経つが、急変時は即救急搬送となるため、救急車とゆーか…救急はなんとなく把握していた。


乗りこみ、ストレッチャーに横になり、モニターをつけられた。頸椎保護もされた。なんせ眼鏡がなく見えない…‼︎アラームがなると、やばいんかな…とか頸椎保護されてるって脊髄系損傷もあるんかな‥とか変なことを考えていた。Spo2が100%と聞こえ、えー‥優秀だなとか、Pが100超えでうわー‥興奮してるなとかそんなことも考えていた。


救急隊員の方に情報をきかれ

搬送先は近くの総合病院があいてなく、20分〜25分くらいかけ市外の救急へ。

旦那さん来れますか⁇ときかれ

事故現場に向かう必要あると思うんですけど、病院来ちゃったらだめですよね…どうしたらいいですか?

とききなおす。

うーん‥と隊員さんが悩んだ瞬間あたしのお父さんから電話が‼︎

旦那さんがお父さんにかけてくれていた。

お父さんは近くに住み、まだ免許返納の歳ではなく、退職して時間もでき、たまたま電話の近くにいたようで連絡がすぐつながったようだ。冗談が好きなお父さんで、一人娘がはじめての救急搬送。

おー大丈夫か、いきてるか⁈と精一杯の笑いあふれる声で心配している声だった。

大丈夫じゃないかもしれんわー‥あはは‥ごめん‥

あたしも精一杯だった。

救急隊員の方に代わっていただき、病院には直接お父さんが、事故現場には旦那さんが残ることになった。おそらくアドレナリンが落ちついてきたのだろう。搬送中に痛みがでてきた。背中全体、右胸部、頸部、息を吸うとジリリと肋付近が痛みだした。パジャマには血が付着していたが、見える範囲では手の軽い裂傷のみ。白いパジャマだったので気づかなかったが、細かいガラスがあちこちにたくさんついてるようだった。


モニター音は落ちつき、あたしは無の状態

見えないこともあり目を閉じ、車の振動にたまにう‥ってなりながらも、そのほかはなにも考えていなかった。考えられなかった。

ただ、意識はしっかりしている。記憶も途切れていない。手足も動く。

生きてる‥生きなきゃな‥とは感じていた。


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