今回は編集や演出に難があるところはあるんだけど、漫画の実写化作品としては及第点以上の出来で、思春期の忘れられない恋を描いた浅野いにお原作の実写映画を紹介します。

主演︰石川瑠華/青木柚

出演︰前田旺志郎/中田青渚/倉悠貴/宮崎優/高橋里恩/平井亜門/円井わん/西洋亮/高崎かなみ/村上淳

・概要
「ソラニン」「おやすみプンプン」の浅野いにおによる漫画を「イソップの思うツボ」の石川瑠華、「アイスと雨音」の青木柚主演で実写映画化。海辺の小さな街で暮らす中学生の小梅。彼女は憧れの三崎先輩に振られたショックから、かつて自分のことを好きだと言ってくれた内向的な同級生・磯辺と関係を持ってしまう。初めは興味本位だったが、何度も身体を重ねるうち、磯辺を恋愛対象とは見ていなかった小梅は徐々に磯辺への思いを募らせていく。その一方、小梅が好きだったはずの磯辺は小梅との関係を断ち切ろうとする。2人の気持ちがすれ違う中、磯辺は過去にイジメを苦に自殺した兄への贖罪から、ある行動に出る。小梅役を石川、磯部役を青木がそれぞれ演じる。監督は「富美子の足」「リュウグウノツカイ」のウエダアツシ。
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感想
この映画は『天使のいる図書館』『富美子の足』のウエダアツシ監督による海辺の田舎町を舞台にした中学生の少年少女の恋愛を描いた青春恋愛映画。『ソラニン』の浅野いにおさん作の同名漫画を実写映画化したものです。

『うみべの女の子』は存在自体は知っていたのですが、浅野いにお作品は『おやすみプンプン』全巻とマンガワンで掲載されていた『勇者たち』全話を読んでいたぐらいで、『うみべの女の子』はブックオフでチラチラ読んだぐらいで全く熟読していませんでした。だが、なんと今年の春頃、三木孝浩監督の『ソラニン』に続く2度目の実写映画として『うみべの女の子』が実写化されるうえ、脇を固めるキャストに昨年から推している中田青渚さんが小梅の親友、小林桂子役で出演すると聞いて「これは観るしかない!」と思って大きな期待を膨らませていました。ただ、監督・脚本・編集は以前観賞した『天使のいる図書館』のウエダアツシ監督で、『天使のいる図書館』はお仕事ムービーとして、地方映画としては良作だったんだけど、なんかもったいない出来で、それこそこの素材を上手く映像化してくれるのかなと危惧していました。なので、今回は事前に原作漫画全2巻をサクッと漫画レンタルで読んでから唯一県内で上映されていた映画館の夕方の回で観賞したのですが、先に結論から言うと、周りの人の否定的な感想に同意しつつ、漫画の実写映画として、青春恋愛映画として、純粋に良く出来た一作なんじゃないかなと思いました。

今回、原作漫画と本作の実写版で語られていた物語の本質的な部分を語るというよりかは原作漫画と実写版の比較、或いは再現度の高さに焦点を当てていき、原作にあった要所要所のポイントには少し触れつつ、実写映画としての美点と欠点について前面的に触れたいと思います。まず、原作漫画は全2巻で、『おやすみプンプン』と同じく全体としてはどんよりとした重い雰囲気、若者が鬱屈して抱えている孤独、心の闇を作品に落とし込んでいる作品なんだけど、この原作漫画と本作の実写版を比べると、大筋の物語、登場人物、ディテール、構図はほぼほぼ忠実かつ丁寧に再現されている作品でした。その意味では原作漫画全2巻を丸々1本の映画として物語の骨格を丁度良く見事に映像化していると思えるし、原作漫画の実写化、日本映画としては物語で重要な濡れ場を最低限攻めの姿勢でやっている志の高い作品であることは断言できるんじゃないかなと思いました。

とはいえ、改悪されているところはあるかと言われると、多少の説明過多は否定できないにせよ、なくなくカットされてしまっているところはあるんだけど、実は改悪されているところがないどころか、原作からのブラッシュアップ、アレンジメントでしっかり工夫されてはいるんですよね。特に磯辺の人物設定の中でも彼が亡くなった兄が運営しているサイトを勝手に引き継いで更新しているという設定があるんだけど、実写では兄が運営していたサイトがTwitterアカウントに変更されていて、2巻に描かれていた運営者の磯辺とユーザーのDMのやり取りは非常にリアリティがあっていいと思いました。ちなみに、細かいところを見ると、磯辺の部屋の壁に亡くなった兄の趣味なのか、ヴィンチェンツォ・ナタリ監督の『スプライス』とマーヴィン・グレン監督の『パラサイト・クリーチャーズ』のポスターが結構目立つように貼られていて、つまりもしかしたら磯辺の兄は2014年〜2015年に亡くなったのかなと想像を掻き立てられる作りにはなっている。また、脇の登場人物の濃さ、魅力的な部分を上手く引き立たせているアレンジがあって、例えば、原作の1巻にある小梅の幼馴染の鹿島が磯辺と小梅が一緒に歩く姿を目撃するシーン、原作だと鹿島が部活帰りに2人を目撃するんだけど、実写版では鹿島が店の前でたむろしていた三崎先輩の前でその様子を目撃するということになってて、原作には鹿島が三崎先輩と思われるチャラそうな同年代の男性とつるむ描写はあったんだけど、その描写とこの2人を目撃するシーンを見事に結合させたシーンで、三崎先輩らグループの絶妙にいそうな感じ、或いは三崎先輩の存在感を明確にキャラ立ちさせているんですよね。或いは、三崎先輩グループ繋がりで言えば、原作の磯辺の三崎先輩襲撃のくだり、原作だと三崎先輩、摩理、湯ノ原ら4人が現場にいたことにはなってて、そのうちの1人はお初にお目にかかる若い女性だったんだけど、実写では明の彼女として香菜恵がいることになってて、香菜惠が自分の危うさでそっちの世界に行ってしまったことが明かされるあたりは非常にいいと思いました。あと、磯辺が三崎先輩を襲撃する直前に新たに磯辺と父親の会話シーンがあるんだけど、ここでは父親の台詞で磯辺の兄が死んだ理由として新しい解釈が付け加えられていて、港での磯辺と小梅の会話シーンにおける磯辺の心情をより考察しやすいように工夫されていました。

もちろん、原作漫画に描かれていた大事なシーンは忠実に再現されていることで原作を読んでいる人にとっては満足度の高い作りにはなっていました。外国の文芸エロスとは違って、主人公2人の陰部は極力画面上見せないのはしょうがないとは思うんだけど、磯辺と小梅が窓際に立ち、磯辺が小梅の服を脱がせる描写は石川瑠華のスタイルが小梅の体型と合ってることも相まって、構図は文句無しに素晴らしいところだし、序盤の女子トイレのセックスシーンはシチュエーション的に滅茶苦茶ハラハラドキドキさせられたし、白眉となるのはクライマックスとなる港の磯辺と小梅の会話シーン、自分の本当の気持ちを告白する小梅、何かを隠しているのか、告白もキスも断った磯辺、磯辺と小梅の歯痒い距離感は一見すると、何気ないやり取りなんだけど、劇伴の自然な挿入といい、引きのショットといい、演出が見事に効いていて、無条件で感動させられるシーンに仕上がっているんしゃないかなと思いました。恐らく個人的には原作漫画、実写版、共通して磯辺は告白を断った理由としては単純に"うみべの女の子"のほうが好意があったからだと言えるし、キスをしようとしてしなかった理由は小梅が「最後に1回だけキスしてもらっていい?そしたら全部忘れるから。」と言っていたことから、彼女には自分を忘れて欲しくなかったという思い、自分を覚えていてほしいという他人には分かりにくい優しさがあったからなんじゃないかなと感じました。私にとっては知る人ぞ知る夏映画にはなるんだけど、レベッカ・ズロトヴスキ監督の『わがままなヴァカンス』のクライマックスの港のナイマとフィリップの会話シーンに近い感動と興奮を覚えましたね。

そして、何よりもキャスティングの妙、役者陣の演技アンサンブルによって本作、実写版『うみべの女の子』の概ね上手く行ってるような気はするし、原作からのアレンジメントでそれぞれの登場人物に濃さ、人間的な魅力があると思いましたね。漫画の実写映画だと、10代後半〜20代前半の若手俳優が中学生の役柄を演じる試みは実写版『惡の華』に通じるところはあるんだけど、オーディションでのキャスティングだけど、『猿楽町で会いましょう』の石川瑠華さんは童顔と子役っぽい声が物凄く小梅の役柄に合ってて、いやらしいけど、濡れ場の時の彼女の胸は非常に幼い、原作漫画と同じディテールだと頷けられるし、同じ主演の青木柚さんはパンフの監督のインタビューの通り、はっきり言って顔が磯辺のまんまで、しかも、全体的に怒り、煽りの演技は撮影当時20歳にして実にいい芸達者ぶりを見せつけていたんじゃないかなと思いました。あと、原作漫画を読んだ時に小林桂子さんと三崎先輩は実写でどんな感じになるか非常に楽しみにしてたのですが、小林桂子さん演じる中田青渚さんは言うまでもなく素晴らしく、小林と鹿島のエピソードがもっと見たいぐらい愛おしいキャラだし、三崎先輩を演じた倉悠貴さん、1番分かりやすいところで言えば、『おちょやん』のあの弟役とか、『樹海村』の住職の息子役とかが印象的な若手俳優なんだけど、絶妙に田舎のほうにいそうな感じが滲み出ていて、序盤の初登場シーンで小梅を振ってフェラを要求するところは最高にいいと思いました。

あと、滅茶苦茶驚いたのは白瀬香菜恵を演じた宮崎優さん、ぶっちゃけ、配役の背景は分からないんだけど、地味目な女子中学生という役柄には合ってて、台詞回しとか、カラオケで道を踏み外して湯ノ原と性行為に及ぶ時の表情とか、本当に素晴らしかったです。まだ知名度こそ低いものの、来年、再来年、学園ドラマに数本していてもおかしくはないです。あと、世評的には誰もが褒めるところなんだけど、"うみべの女の子"を演じた高崎かなみさん、石川瑠華さんと同じ24歳で、かつグラビアをメインに活動されている方だけど、実質的に1シーンだけだけど、クライマックスの磯辺が"うみべの女の子"と出会うシーンは彼女がいないと成り立たなかったと思います。

欲を言えば、全2巻で1本の映画として上手く話をまとめているので大したノイズにはなっていないんだけど、原作からカットされたところでここはもったいないと感じたのは映画の中盤にあたる小梅と磯辺の小競り合いのシーン、原作では1巻の鹿島の初登場シーンと実写化された小競り合いのシーンで磯辺が小梅がBUMP OF CHICKENの藤原基央さんみたいな人がいいと聞いたから彼女に好かれたくて髪を伸ばしたことが明かされるんだけど、磯辺のディルドオナニーが大幅にカットされているのは許すにせよ、これが無いことで磯辺の行動心理にちょっと重みがないように感じられて非常に残念に感じました。或いは、磯辺の描写で言えば、磯辺が夜中に海辺のボートの上でコンビニ弁当を食べるシーン、原作だと磯辺が亡き兄の幻を見て話しかけたあと、「アーーッ!」っと絶叫する描写があるんだけど、実写版ではエモーショナルな盛り上がりをクライマックスに置いておきたかったのか、根こそぎカットされていて、磯辺の心の闇を明確に描き出すためにはこの描写は絶対に必要だと思うし、磯辺と鹿島の教室でのシーンとか、磯辺と小梅の小競り合いで大声を張り上げる演技が繰り返されてたからかなと感じちゃいましたね。

あと、編集や演出のせいで引っ掛かりを覚えるところはありましたね。例えば、後半の磯辺と小梅の浴室のセックスシーン、ここは忠実にやってて「えっ!」ってなったんだけど、小梅が漏らした糞を磯辺がすかさず食す様子をドアのすりガラスに映る2人のショットで見せるんだけど、コンプライアンス的に日本映画の限界があると言ったらそれまでなんだけど、食す直前でカットを入れちゃうからあたかもスカトロをやってないように誤解を招く恐れがあるかなと感じましたね。或いは、こっちのほうが共感しやすいと思うんだけど、クライマックス、本作最大の盛り上がり、小梅が心配して磯辺を捜索するシーンと磯辺が死ぬに死にきれなかった末、喫茶店の前でうみべの女の子と出会うシーンが挿入歌のはっぴいえんどの「風をあつめて」をバックに並行して見せられるんだけど、原作だと『風を集めて』がそのままフルで流れているかのごとく、しっかり並行していることへの意味合いを持たせていたんだけど、実写では小梅が「磯辺ーーー!」と叫んだところで音楽がぶつ切りにされ、暗転して磯辺のシーンに切り替わるのは意図としては分からなくもないんだけど、小梅を演じた石川瑠華さんのエモーショナルな演技があまり生かされてないし、個人的には『風を集めて』をフルで流して、小林桂子さんと鹿島翔太さんが一旦は恋人同士になるくだりをセットで2人のシーンを並行して見せたほうがもっと盛り上がりがあったかなと感じました。

あと、原作漫画の2巻のラストにあたる小梅と鹿島が海辺にいるシーン。あそこは割りと好ましく観れたんだけど、小梅が「あ、見つけた。」と言っている時に彼女の目に映る海のショットが映し出されるんだけど、正直言ってあの演出は味付けし過ぎてる、もっと言えば、原作漫画と同じように観客に小梅があの台詞を言った意味を考えさせるためにあの演出は要らなかったんじゃないかなと感じました。そのあとの小梅の「うみ!」という台詞とか、最後の海をバックに小梅が笑顔が立つショットとかはちゃんと原作通り上手く行っていて、磯辺が海辺にいた兄の幻を見るように、密かに失恋していた鹿島が磯辺と同じように小梅を見ている。もっと言えば、小梅も鹿島もあの頃の恋、"あの人"の面影を忘れずにいる。思春期の忘れられない恋を抱きながら今を歩もうとすることがはっきりと提示されていて、滅茶苦茶好感が持てると思いました。

ということで、題材は登場人物の行動心理、行動動機を読みたくなるほど時間があったら2回目、3回目読んで見返したい作品で、浅野いにお作品の大ファンとか、映画に辛口評価を下す映画ユーザーには批判的な意見を持っているかもしれないけど、惜しいところはあるにはあるけど、当たり外れがある漫画の実写化作品にしては概ね成功している部類に入ると言えるし、ブレイク寸前の若手俳優を起用してよくぞここまで素晴らしい青春恋愛映画を作ってくれたなぁと感心させられました。キャスティングを含めて役者陣の演技、一部のシーンによる原作からのアレンジメント、そして徹底的な画作り、実写版には確かに『うみべの女の子』の世界があり、確かに、痛々しい青春がそこにはあると思いました。ウエダアツシ監督作品は全部は観てないのですが、この作品を機にメジャー監督になるためのステップを順当に歩み、下手したらウエダアツシ監督の最高傑作と言えるぐらい素晴らしい一作を出せたんじゃないんでしょうか。是非是非色んなかたちで観賞してみてください。