今回は人間と動物の立場を逆転させるアイデア自体は非常に評価に値するが、人間化した動物と野生の人間の図式の生かし方、衝撃のラストに大いに疑問が残った海外の映画祭で物議を醸したホラー・スリラーをご紹介します。

アノニマス・アニマルズ 動物の惑星

出演︰ティエリー・マルコス/ポーリン・ギルハン/オーレリエン・チラスキー/エミリエン・ラバウト


・あらすじ(ネタバレ)

本作は人間の言語を介していない為、字幕などはございません!

深い霧の中、初老の男性が林をゆっくりと歩いていました。彼は歩きながら地面に置かれていたキツネの剥製を穏やかな表情で見ていました。キツネの剥製の口から赤い血が垂れていました。


ところ変わって、人間と動物の立場が逆転した世界、深い霧に覆われているなか、道路沿いの森で裸の髭面の男性が錆びた鎖付きの首輪を付けられ、木に括り付けられていました。行動を制限された髭面の男性は鎖を自力で鎖を外そうと引っ張りしますが、鎖は硬くて簡単に外すことができません。髭面の男性にはかつてパートナーと豊かな生活を送っていたのでしょうか。男性の背中には鞭で叩かれたような傷跡が残っていました。髭面の男性が途方に暮れていると、車道から1台の車が横を通りかかります。車は男性の目の前に立ち止まり、運転手は男性を伺いますが、1度男性を無視して通り過ぎようとします。しかし、運転手は髭面の男性に目を止めたのか、車は男性の目前へと戻っていき、車を確認した髭面の男性は警戒して怯えた様子を見せます。運転手は車を降り、トランクから鎖を切るためのカッターを取り出すと、男性の元に近寄ります。怯える髭面の男性は逃走を図ろうと考えていましたが、逃げるのを断念してしまいます。運転手は黒い大型犬の頭を持っていました。


夜、深い森の中、中年の女性は年下のパーカーの若い男性とタートルネックの男性を引き連れて行動を共にしていました。3人は地味めで目立たない無地の服を身に着けていて、何者かに追われて茂みの中に身を潜めていました。何者かの唸り声を聞き、中年の女性はジェスチャーでふたりの若い男性に逃げ道を教えます。何者かが唸り声を上げて迫ってくると、中年の女性はパーカーの髭面の若い男性と共に逃げ出しますが、タートルネックの髭面の若い男性は逃げ遅れ、逃走を図った2人とはぐれてしまいます。しかし、中年の女性たちは何者かに捕まり、女性は悲鳴を上げます。身の危険を感じたタートルネックの男性は周りを気にしながら慎重に森の中を歩きますが、何者かの気配を感じて後ろを振り返ります。タートルネックの男性が辺りを見回すと、足音を聞いた鹿の頭をした男性の姿がありました。鹿男に気づかれたタートルネックの男性は気配を消そうと息を潜めますが、男性の背後には何者かの気配があり、後ろを振り向くと、そこにはゆっくりと迫っていた鹿男の姿がありました。鹿男はハンターで、3人を仕留めていたのでしょうか。


ひとまず運転手の黒犬男に助けられた髭面の男性は車のトランクに乗せられ、どこかに連れて行かれます。黒犬男は黙々と道路を走り、髭面の男性は落ち着きのない様子で窓の外を見回していました。

草原にはジャケットを羽織っている鹿の男性がいました。鹿男は林のほうを見つめています。

一方、ところ変わって、先程捕らえられたタートルネックの男性は家畜運搬車に乗せられ、複数の若い男女と共にどこかに連れて行かれる最中でした。若い男女は皆地味で目立たない格好をしていて、落ち着きのない様子で車内で到着するのを待っていました。畜舎内にいる動物の頭を持った男性がお肉のような何かを摂取していました。

黒犬男は何らかの施設に到着すると、髭面の男性の首輪を再び鎖に繋げ、自宅の倉庫へと連れて行きます。

家畜運搬車が畜舎内に到着しました。車の柵が開くと、若い男女は怯えた様子で後ろに引き下がりますが、畜舎用の照明が動き出し、戸惑う若い男女を見兼ねた運転手の牛男が強引に彼らを経路に誘導します。

一方、黒犬男は髭面の男性に取り付けた鎖を外すと、棚にあった大きなプラスチックの容器を手にしました。黒犬男は髭面の男性をバケツに座らせると、ハケで容器にあったクリームをたっぷり付け、それを男性に刻まれていた背中の傷に塗り込みます。黒犬男は塗り薬で髭面の男性の傷を治そうとしていたのです。背中を向けていた髭面の男性は黒犬男の優しさに安心したのか、それとも惨めだと感じたのか、泣き声が漏れないようすすり泣きしていました。

草原には引き続き、ジャケットを羽織っている鹿の男性がいました。鹿男の両手には猟銃が握られていました。



畜産施設内の畜舎、牛男に誘導された若い男女は小走りで人房に移動させられていました。屠殺場では食事を済ませた馬男がノコギリのようなもので何かを切っていました。若い男女は人房に入りますが、唯一、鹿男に捕らえられたターンの若い男性は胸騒ぎを覚えて人房に入ろうとしません。すると若い男性を見兼ねた牛男は彼に近寄ると、電流棒で若い男性の体に撃ち込みました。牛男は空気圧銃をしまい、撃たれた若い男性は柵に登ろうと試みますが、仕切りに使われていた柵は電気柵であり、柵に触れた若い男性は電気ショックを浴びて感電死してしまいます。周りにいた他の若い男女は凍り付いた表情を浮かべ、牛男は亡くなった若い男性の足を持って外に運び、牛房の柵を閉めました。屠殺場にいた馬男は屠殺を済ませ、生肉が入った沢山のバケツの前に座って休息を取っていました。




日中、馬男は荷台に生肉を入れた大量のバケツを積み込むと、トラックで黒犬男のいる施設に向かっていました。トラックが到着すると、髭面の男性は窓際に立って外の景色を覗き込みます。施設の敷地内では男性の世話をしていた黒犬男は馬男と言葉を交わし、馬男から食肉が入ったバケツを受け取ると、髭面の男性を捕まえたことを馬男に報告します。髭面の男性は倉庫に視線を向けた馬男と目が合い、思わず隠れます。馬男が立ち去ったあと、黒犬男は倉庫に戻ります。黒犬男は机に散ちかっていた工具をどかしてバケツを置き、傍らにあった缶でバケツにあった生肉をトレーの上に乗せました。黒犬男は髭面の男性に餌を与えようとしていたのです。生肉が男性の目の前に運ばれると、髭面の男性は貪るように食肉を口にします。



草原にいる鹿男は牛の鳴き声を聞いて反応すると、猟銃に弾を込め、林のほうに駆け出しました。林には何かから逃げ惑っている痩せ気味の男性が走っていました。


十数分後、黒犬男は食事を済ませた髭面の男性をじっと見張っていました。髭面の男性の口周りには生肉の赤い血がついていて、お腹はぽっこりと膨れ上がっていました。時間が経つと、黒犬男は生肉が入っていたバケツを机の後ろに投げ捨てました。机の後ろには片付けられていない沢山の空のバケツが積まれています。

その後、黒犬男は半裸の髭面の男性にセーターを着させると、男性を連れて車でどこかに出かけます。黒犬男が運転する車は林の中の一本道を延々と走り続けていました。

畜産施設に戻ってきた馬男は屠殺場で血塗れのエプロンを身に纏うと、ノコギリのような何かで再び何かを切っていました。部屋の外には命からがら逃げ延びてきた丸刈りの男性が息を潜めていました。

夜、黒犬男が運転する車は髭面の男性を連れて怪しげな施設に到着します。施設内には施設のスタッフとみられるガゼルの頭を持った男性がいました。ガゼル男が見つめるなか、車を停めた黒犬男は再び髭面の男性の首輪に鎖を繋げると、ガゼル男に案内され、納屋の一室に男性を入れると、コンクリートの壁に付けられたフックに鎖を結んで南京錠をかけ、髭面の男性を部屋の中に監禁しました。髭面の男性は鎖を引っ張りますが、ビクともせず、スタッフのガゼルの男が髭面の男性の様子を観察します。


ほどなくして、髭面の男性は扉から外の様子を覗き込んでいました。黒犬男はガゼル男の案内で地下倉庫に入りますが、室内にいた何かを見て、すぐに立ち去ります。

畜産施設の畜舎にて、馬男が屠殺、解体を行っていたのか、不気味な金属音が畜舎内に響き渡ります。

夜、監禁されていた髭面の男性が途方に暮れていると、近くで動物の鳴き声が聞こえてきました。髭面の男性が扉の前で覗き込みますが、周囲には誰もいません。すると突然、大熊の頭を持った男性が扉の前に現れ、覗き込んでいた髭面の男性は驚きます。大熊男は壁のフックを壊してまで鎖を外すと、髭面の男性をどこかに連れて行き、鎖を引っ張られた髭面の男性は首輪に鎖が繋がったまま地面に引きづられます。

人房に閉じ込められた4人の若い男女は牛男のいる畜舎の外を見つめ、怯えた様子を見せていました。その中の長髪の若い女性は電気柵と床の間の隙間から潜り抜けようと試み、他の若い男女が脱走を図る彼女を気にするなか、牛男が畜舎にやって来ますが、脱走に成功した長髪の若い女性は牛男とすれ違うように物陰に身を潜めていました。長髪の若い女性が左を見ると、畜舎の出入口の扉が開きっ放しになっていることに気づきます。牛男は電流棒を持って中に入ると、動揺する他の若い男女の前で吟味し、電流棒を若い女性のひとりに押し当てます。若い女性は気を失い、牛男は構わず若い男性を気絶させます。最後のひとりとなった別の若い女性も容赦無く気絶させます。彼らの断末魔を聞いていた長髪の若い女性は大声を出さないよう必死に口を押さえ、左右を確認すると、腰を低くして右側の畜舎の出入口へと駆け出し、気付かれないように扉を開けようと試みますが、人房に立っていた牛男が右側の出入口の扉から物音がすることに気づき、直ぐ様隣の処理場に逃げ込みます。長髪の若い女性がそっと外を覗き込むと、不審に思った牛男が横を通っているのを目にし、涙をこらえながら再び口を押さえます。牛男は既に1人の人間が人房から脱走していることに気づいているようでした。牛男が右側の出入口の扉を確認したあと、別の入口に入って若い女性を追いかけ、危険を察知した長髪の若い女性は処理場に複数のビニールカーテンを潜り抜けて逃げ回ります。

ところが、長髪の若い女性は馬男のいる屠殺場の直ぐ側まで行き着いてしまい、牛男がビニールカーテンを潜って彼女の前に追いつきますが、長髪の若い女性は屠殺場にいた馬男の側にくっついていました。馬男は逃げてきた長髪の若い女性を一時的に保護していたのです。牛男と馬男は鳴き声を上げて、若い女性を屠殺するか否かを巡って口論を起こし、緊張が走るなか、馬男は牛男が持っていた電流棒をへし折って牛男を制止させました。長髪の若い女性は馬男に助けられて屠殺場をあとにしますが、安心したのも束の間、長髪の若い女性は馬男が隠し持っていた空気圧銃で頭を撃ち抜かれ、気を失ってしまいます。馬男は気絶した長髪の若い女性を屠殺場に運び入れると、電動ノコギリで人間の四肢を解体、臓器の摘出に取り掛かります。



髭面の男性は大熊男に引きづられるように連れ出された末、広場のような場所に連れて行かれます。大熊男は髭面の男性の鎖を地面のフックに括り付け、斧で地面を何度も叩きつけると、倒れていた髭面の男性を立たせました。違和感を覚えた髭面の男性が周りを見回すと、広場には複数の犬の頭を持った男がいて、広場の外では畜舎にいた馬男が煙草を吸って何かを待っていました。髭面の男性は複数の犬男から好奇の目に晒されます。ブリーダーの黒犬男が連れてきた髭面の男性の紹介をしますが、広場の奥にいたディーラーのガゼル男がどの犬に賭けるか説明をしていた途中、憤慨した複数の犬男のひとり、ダルメシアン男が黒犬男を押し倒し、同じく怒ったレトリバー男は髭面の男性を指差して唸り声を上げました。やむを得ない状況のため、黒犬男たちは髭面の男性を広場で強制的に戦わせることにしました。ガゼル男や大熊男が運営しているのは賭博場で、黒犬男は賭博場の納屋や地下室で人間を育成させていましたが、黒犬男が林に捨てられていた髭面の男性を闘犬競技に参加させたことで賭博に参加していた複数の犬男から怒りを買ったのです。


草原にいた鹿男は人間を仕留めようと林の中に入り、逃げ回っていた人間を追跡していました。

黒犬男とガゼル男は地下室で育成していたもうひとりの人間を広場に連れ出し、対戦相手の髭面の男性と対面させました。目の前に現れたのは血と土にまみれて汚れていた半裸姿の丸刈りの男性でした。審判の大熊男は競技の始まりを告げるべく、両手を広げて高らかな叫び声を上げると、闘犬競技ならぬ、人間と人間のデスマッチが開始されます。複数の犬男はいくつもの競技経験を積んでいる丸刈りの男性に声援を送り、丸刈りの男性は困惑する髭面の男性をよそに、彼を馬乗りして首を絞めようとします。馬男は煙草を吸いながらその光景を傍観していました。髭面の男性は黒犬男に抱きついて助けを求めますが、黒犬男は非情にも髭面の男性を突き放し、複数の犬男が彼を黒犬男の体から引き離します。髭面の男性に味方などいません。複数の犬男が再び声援を送るなか、丸刈りの男性はもう一度髭面の男性を殺しにかかります。戦うことを拒否した髭面の男性は丸刈りの男性から脱出して、広場から逃げ出そうとしますが、床のフックに括り付けられた鎖のせいでその場を離れることができません。競技は中断を余儀なくされ、複数の犬男は寄ってたかって黒犬男に髭面の男性を競技に参加させたことを責め立てます。仕方なく審判の大熊男は髭面の男性の鎖を引っ張り上げ、広場の中央に連れ戻します。競技が再開され、髭面の男性は懲りずに助けを求めようと黒犬男にすがりつきます。しかし、複数の犬男が引き離そうとしても、髭面の男性は離れてくれません。競技がまた中断したことを受けて、大熊男が複数の犬男と一緒に髭面の男性の足を引っ張り、なんとか黒犬男から引き離すことに成功しますが、髭面の男性の意志は固く、黒犬男に訴えるばかりで、事態は前に進みません。事態は競技どころじゃなくなり、それを見兼ねたガゼル男は仕方なく大熊男に合図を送ります。従った大熊男は壁に立て掛けていた斧を持って髭面の男性の周りで騒いでいた一同の前に近寄ると、斧を振り下ろして髭面の男性を殺害するのでした。闘犬競技に戦う意志のない者は必要ありません。



翌朝、賭博場の運営側の仲間である馬男は髭面の男性の遺体をトラックの荷台に積み込み、丸刈りの男性を連れてトラックでどこかに向かいます。車に揺られていた丸刈りの男性は斬殺された髭面の男性や空になった血塗れのバケツを見ていました。

馬男は畜産施設に到着すると、畜産の前にあった水撒き用のホースで丸刈りの男性の体についた血を洗い流します。丸刈りの男性は昨夜の騒動をきっかけに馬男に引き取られていたのです。

その後、鎖を外された丸刈りの男性は自由の身になり、畜舎に入って馬男の一部始終を目撃していました。馬男は屠殺場で電動ノコギリに付着した人間の血を洗い落としていました。処理場の壁の後ろに身を潜めていた丸刈りの男性は人房の周辺を覗き込みますが、左側の出入口付近には人の気配を察した牛男が立っていました。丸刈りの男性は牛男の隙を伺い、牛男が別室に入ると、丸刈りの男性はその隙に開きっぱなしになっている右側の出入口の扉を目指して必死で走りました。足音を聞いた牛男は出入口付近に戻りますが、時既に遅く、丸刈りの男性の姿は消えていました。怒った牛男は大きな鳴き声を上げて飼っていた人間が脱走したことを知らせます。

畜産施設の敷地内、草原には警備をしていたひとりの鹿男が立っていました。鹿男は牛男の鳴き声を聞いて猟銃に弾を込めると、敷地の外にある林の中へと駆け出しました。牛男の鳴き声は果てしなく敷地の外にも聞こえるように響き渡っています。丸刈りの男性は足を止めず、必死に林の中を逃げ回り、鹿男は脱走した丸刈りの男性を追跡します。しかし、鹿男の足は速く、丸刈りの男性の背後まで追いつきます。


そして、次の瞬間、逃げる者と追う者の立場が逆転し、丸刈りの男性が猟銃を構え、鹿の背後目がけて発砲しました。林の中から一発の銃声が響き渡ります。



(エンディング)
深い霧が立ち籠めるなか、誰もいない林の中、畜産施設、賭博場を延々と映し続けます。

THE END

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感想・考察
この映画は本作が初の長編映画監督作品となるバティスト・ルーブル監督による動物たちが人間を支配する世界を描いた実験的なホラー・スリラー。シッチェス・カタロニア国際映画祭、スクリーム・フェスト・ホラー映画祭などの多くの映画祭に出品されている作品です。

この作品は日本でDVDスルー(GEO先行レンタル)でソフト化される前に事前に知っていたのですが、『未体験ゾーンの映画たち』、もしくは『カリコレ』で上映されるだろうと睨んでいたものの、まさかのGEO先行レンタルと知って期待と不安のハーフハーフでレンタルで観賞してみました。先に素直な結論を言っておくと、そこまで過度に期待してなかったというのがあるんだけど、アイデア自体は非常に評価に値するし、ラストで逆転していた人間と動物の図式が元に戻る仕組みに衝撃を受けたんだけど、トータルでは監督の処女作なだけあって、実験的なアイデアが実験的なだけに留まっているもったいない映画だと思いました。

映画は観客の想像、推察の範囲内で読み取れるように実質無声映画のような仕上がりになっていて、動物の鳴き声、唸り声、人間の悲鳴、吐息以外は登場人物の心情を伝える説明台詞が排されているどころか、動物の心情を翻訳するための字幕も用意されていない実験的なアプローチで描かれています。お話そのものは狩人、畜産業者、闘犬場の賭博グループに扮する人間化した動物と野生の動物に扮する人間の世界を残酷かつ分かりやすい図式で表現されています。

物語の構成は物語上、実質的な主人公はおらず、1つ目の林の中に捨てられた髭面の男性のパート、2つ目の若い男女が畜産施設で無惨に殺されるパート、3つ目の草原に立つ見張りの鹿男のパートが同時並行で描かれていて、3つ目のパートは思うところがあるんだけど、物語が進むにつれて、3つそれぞれのパートは違う時間軸の中にいて、なおかつ前半の終わりかけに挿入されるある描写で捉え方によっては時系列が前後しているように読み取れる非常にトリッキーな構成に仕上がっています。3つのパートそのものは最終的には実はこれらが点と点で繋がっていて、前半のあの人物はこの人物だったということが明らかになる仕組みで、オムニバス"風"だけど、ラストではしっかり1つの物語として集約されているんですよね。なので、「人間と動物の立場が逆転した」という物語の世界観、舞台設定を通して動物の視点で人間がどのように映っていて、どのような思考を持っているのかを観客に問いかけているし、人間と動物には同じ命があり、同じ人権を持っているのではないかと動物虐待、いじめ問題に対する普遍的な問題提起をしているようにも思える。

その前に触れておくべきなのは冒頭のシーン。冒頭は深い霧の中で中年の男性がキツネの剥製の前に通りかかるシーンから始まるわけなんだけど、最初に観た時は本筋と関係ないんじゃないかと思って結構疑問に残ってしまったんだけど、ここは他の映画ブログで指摘されていて、そういう見方があったかと共感したのですが、本筋である人間と動物の立場が逆転する世界そのものはあの中年の男性、或いはキツネの剥製が見ている絵空事、妄想なんじゃないかということで、特に後者はキツネが非人道的な人間から命を奪われて、剥製にされた背景があることを推察すると、非常に説得力がある設定だし、本質的、テーマ的には中年の男性こそがキツネを搾取する「強者」で、キツネこそが搾取される「弱者」であることが浮き彫りにはなっている。ただ、個人的にはこのシーン、考察する余地があるにせよ、少なくともここの構図、図式は難解で、中年の男性は自主制作映画に出演した無名の俳優じゃなくて、監督自身が出演したほうが深みがあるし、キツネの剥製は本筋の話と全く出てこないからストレートに整合性が無いようにしか見えないシーンに仕上がってて非常に惜しいんですよね。

で、本筋の話、3つ目のパートは大きな難点、欠点を含めて後ほど触れるとして、1つ目の捨てられた髭面の男性のパート、このパート、エピソードが本作の核となるエピソードとなるんだけど、表層的には一見、優しそうな黒犬男が捨てられていた髭面の男性を助けるといういい話にはなっているんだけど、作品全体に漂う異様でダークな雰囲気、悲観的なBGMが入ることで決していい話じゃないことが全面的に伝わってくるんですよね。特に中盤、黒犬男が馬男が提供した人間の生肉を髭面の男性に与えてはいるんだけど、髭面の男性が本当に犬になってクチャクチャと生肉を食べているフード演出は妙に実在感があって、黒犬男に当たる人物は髭面の男性であることをダイレクトに提示させている。もっと言えば、悲観的なBGM、人間味のない人間のフード演出、いかにも美味しそうな人間の生肉が全体的に冷酷であり、残酷なんですよね。また、本作の最大の盛り上がりとなるクライマックスの賭博場のシーン、髭面の男性が強制的に闘犬競技に参加させられて、飼い主であるはずの黒犬男にすがつくんだけど、ここは演出面でノイズになっているところはあるんだけど、髭面の男性の立場を思うと、黒犬男と出会って居場所を取り戻すことが出来たはずなのに彼に裏切られてしまうことの絶望感、悲哀感が出ていて1番胸糞悪く、更に髭面の男性の心情、気持ちを理解しないで、自分の都合だけで動いているガゼル男と大熊男によって彼の人生が唐突に終わる告げるところなんかはどぎつく悲劇性を増しているように感じられる。

或いは、2つ目の若い男女が畜舎に搬入されるパート、ここは命を奪われる人間の数が多い分、直接的な描写、過激な映像表現はないんだけど、畜産業を営む馬男の電動ノコギリの音、牛男が所持している電流棒の音、人間の悲鳴で恐怖感、不安感を演出していて、特に長髪の若い女性が脱走を図るサスペンス的な見せ場、長髪の若い女性が身を潜めている一方で、牛男が電流棒で残った若い男女を容赦無く電流棒で気絶させるんだけど、登場人物の背景が無くとも、あんな将来のある若者が一瞬にして命を奪われると思うと、無茶苦茶怖いってなるんですよね。白眉となるのは2つ目のパートの最後のシーン、その後ら若い女性は屠殺場で働く馬男に助けられるんだけど、馬男が表面的に優しい一面を見せてからの裏切り行為は髭面の男性の最期と比べると、非常に似て非にならない胸糞悪さを誇っていると思いました。

一方で、多くの映画ファンが指摘されていると思いますが、作中に出てくる人間は動物人間からしたら家畜として屠殺・解体されている立場なのに明らかに動物人間と同じように服を着て行動しているんですよね。このディテールはフォローしておくと、闘犬競技に参加させられていた髭面の男性と丸刈りの男性、畜舎に搬入された若い男女は役割が違ってて、前者は飼育される立場、後者は人間に食べられる(共食い)立場というのが考えられ、描き分けがされていると言えるし、髭面の男性と丸刈りの男性は中年で上半身裸、更には2人の心理描写もプラスに働いてるから観ていくうちに大型犬のように見えるようになってて、体裁はそれなりに取れてはいるんですよね。でも、個人的には長髪の若い女性は灰色のパーカーに灰色のスキニーパンツでスタイリングされているんだけど、畜舎内で牛男から隠れているシーンで露骨にパーカーの下にブラジャーのシルエットが見えていて、ここは決定的に物語のリアリティラインが滅茶苦茶崩壊しているじゃないかと思いました。ここは役者陣を全員ヘアヌードに出来なかったとしても、ノーブラノーパンにするプランは出来なかったのかなと思いました。

ただ、その問題点を置いといても、人間と動物が逆転する世界というアイデア自体は作劇としては新鮮味のある題材なんだけど、作家性が高いプロットの割りには実際に観てみると、大きなノイズが目立つ作品にはなっていました。特に世評的には1番ノイズに感じられるのは観客を興味を持続させるためのトリッキーな構成部分なんですよね。物語上、本作の顔と言ってもいい3つ目の鹿男のパート、鹿男のパートを別のパートと別のパートの間にチラチラ断片的に挟み込んでいるんだけど、「この鹿男の正体は一体何なのか?」という謎で観客の興味を持続させる構成なのは分かるんだけど、鹿男のパートが進展しないどころか、鹿男の等身大を見せる、鹿男が猟銃を持っている、その少ない情報量を小出しして断片的に見せる、或いは小さい情報量をジャブのようにちょこまかと見せちゃうから観ている人を非常に混乱させてしまっているんですよね。他のパートにも言えることでやたらとチャプター毎に分けようとシーンとシーンの間に場面切り替えをやっているせいで上映時間64分なのに間延び感が強い印象を受けやすいことになってる。

構成と言えば、オムニバス風に各パートの動物人間が実は点と点で繋がっていて、前半のあの人物はこの人物だったということが明らかになる仕組みにはなっているんだけど、例えば、前半の最後で屠殺場の中とみられる場所で自由の身になっている丸刈りの男性が息を潜めているシーンが断片的に挿入されているんだけど、物語を整理すれば、鹿男が捕えた若い男性らが屠殺されたのは過去の話で、丸刈りの男性が脱走を図るのは未来の話であることが推測されるんだけど、前半の最後で伏線のように挿入したことで若い男女が畜舎にいる現在の話なのか、未来の話なのか、非常に観客を混乱しかねない仕掛けになっていて、クライマックスで息を潜めている丸刈りの男性のシーンをもう一度見せて伏線回収するにしても、過去に脱走を図った長髪の若い女性の形見、具体的に言えば、屠殺されたことを示すアイテムを出して分かりやすくしないと親切じゃないと思うんですよね。要するに、トリッキーな構成をややこしている分、プロットの面白さ目当てで観ている人の大半はこの構成そのものにゲンナリした人が多いはずだと思います。

で、更に言えば、トリッキーな構成のうえ、見せ方、撮り方が上手くない、決定的に空回りしていると感じましたね。例えば、畜産施設のパート、タートルネックを着た髭面の若い男性を含む若い男女が運搬車に搬入されて畜舎に連れて行かれるんだけど、若い男女が畜舎内のセンサーライトを当てられて戸惑うところまではいいんだけど、畜産施設で働く牛男が突然オラオラと出てくるあたりは切迫感、緊迫感があってスリリングさはあるんだけど、人間と動物が逆転する世界を具現化して実写映像化させているのにも関わらず、牛男の姿をはっきりと見せてくれないし、物語の世界観が醸し出す歪さを視覚的、画的にやってくれないから舞台設定の面白さが生きて来ないんですよね。しかも、クライマックスの賭博場のシーンがそれを物語っているんだけど、全体的にドキュメンタリータッチな演出にしているせいか、手持ちカメラのグラついたカメラワーク、不要なカット割り、登場人物の顔のアップのせいで視覚的に観客に話を飲み込ませてくれないのは残念なところではあります。

あと、これこそが最大の問題点なんだけど、直接的な描写、過激な映像表現を抜きにするのは1億歩譲るにしても、本作の題材である「人間と動物の立場を逆転した世界」が単なる図式だけで、いわゆる人間と動物の立場を逆転した世界を描いた風刺画を丸々映像化したようなものしか描かれてないぬるさがあるところでしょうか。さっき書いたトリッキーな構成のおかげである程度物語に一捻りは加えられてはいるんだけど、特にラストシーンで人間と動物の立場が逆転した世界が一瞬だけ反転する仕掛けは非常にインパクトが大きかったんだけど、動物人間が人間を食肉として扱い、同じ人間に人肉で作った食肉を食べさせることは決して悪くはないんだけど、よくよく考えると、丸刈りの男性は闘犬競技で参加させられた大型犬であり、狩りで狩られる鹿に当たる人間であり、その両方の役割を果たしている。つまり、時系列が前後しているように読み取れる構成をやったこともあって、捨て犬に当たる髭面の男性は鹿に当たる丸刈りの男性と戦ってると読み取れてもおかしくないし、賭博場のガゼル男らは鹿として地下室に収容したのか、馬男は本当に彼を犬として世話をしていたのか、鹿に当たる人物であるはずの丸刈りの男性の役割が不明瞭に感じられるんですよね。加えて、物語を振り返ると、序盤だけ出てきた人間の群れのリーダーとされる中年の女性とパーカーの若い男性、後半で気絶させられて殺された若い男女の扱いがただのモブキャラで、鹿男に当たる人間が丸刈りの男性、黒犬男に当たる人間が髭面の男性だと図式、構図を分かりやすく映像で伝えているのにモブキャラと化している人間と動物人間の結び付きがない、モブキャラを後の展開に生かすための工夫が一切無いのは凄くもったいないんですよね。要するに、ラストの展開で見せる風呂敷の畳み方は滅茶苦茶好ましいのですが、物語で語られていることは結果的に観客の予想通り、想定内に収まっていて、観客の想像の斜め上を行く何か、誰にも真似できない作家性の高さを示す何かがあれば、もっと凄いものが出来上がってたんじゃないかと思いました。

ということで、率直に申し上げると、初の長編映画にしては実験的なアプローチだけに留まっていて、クオリティは悪くないんだけど、人間と動物が逆転する世界という物語の世界観、舞台設定が突き抜けてない、いわばいまテーマ性、メッセージ性があったとしても、観客の想像を超える物が無く、予想通りの構図、想定内に収まった問題提起しか描かれていない非常に惜しい映画だったんじゃないかなと思いました。もちろん、観終わってみると、素直にまた観たいっていう気持ちにはなれないけど、一見の価値は絶対にあると思う。なのに、製作年は1年早いけど、『Swallows/スワロウ』とか、『ビバリウム』とかのほうがもっと切れ味の鋭さがある、優しい目で見れば、低予算映画という留保付きで考えても、ストーリー、構成、演出が上手くいってないのかなと思います。とはいえ、実験映画のままなのか、もしくは小粒ながら強烈な作家性を誇っている良作ホラー・スリラーなのか、万人にはオススメしづらいのですが、是非ともこの目で確かめてみてください。