今回は素朴でシンプルなアニメーション作品だけど、音楽の素晴らしさを伝えてくれる全編ロトスコープの手書きアニメーション映画を紹介します。

音楽(2019)

声の出演:坂本慎太郎(ゆらゆら帝国)/前野朋哉/芹澤興人/駒井蓮/平岩紙/山本圭祐/大山法哲/鈴木将一朗/岡村靖幸/竹中直人


・あらすじ

丸山工業高等学校で悪名高いヤンキー集団、大場軍団に所属する子分、松井、中山、鈴木が町のオートレストランでたむろていました。松井は髪を整えるのが面倒だから髪型を変えたいと言い出しますが、松井は先輩の髭に怒られると言います。そんな時、中山の背後に別の高校に通うスキンヘッドのヤンキー、研二が現れます。スキンヘッドのヤンキーに気づいた3人は恐れおののき、研二は無表情で3人を見つめます。松井は研二はマカロニ拳法の使い手だと中山と鈴木に教えます。沈黙が続くなか、ズボンのポケットに手を突っ込んでいた研二は右手をポケットから出しました。松井が「ヤバイ!マカロニ拳法だ!」と叫んだのを機に3人は慌ててオートレストランをあとにしますが、研二はズボンから自分のタバコを取り出していただけでした。松井らが逃げたあと、研二はひとりで町をぶらぶらと歩くのでした。


放課後、研二は「立入禁止」の表札が掲げられている教室の中へと入ります。教室には研二の友人であるリーゼント頭の太田がダーツをしていて、その横でガタイのいい朝倉が漫画を読んでいました。研二は入って早々、テレビゲームの電源をつけ、『ジャンプ少年!ヒトシ』というアクションゲームをプレイします。研二、太田、朝倉はこの教室を溜まり場として使っていました。太田は「丸竹工業のヤツらが俺たちに喧嘩売ってるらしいからシメにいかないか?」と持ちかけました。研二は朝方、ゲームセンターで丸竹工業の松井らと出会ったものの、研二は「いつ行くんだ?」と聞くと、太田は「いつでもいいよ。」と答え、研二は「じゃあ今から行くか。」と太田と朝倉を連れて敵対する丸竹工業の大場軍団の元に殴り込むことを決めます。

研二が太田と朝倉を連れて校舎を出ると、同級生の亜矢が彼らの前に現れます。研二が「今から丸竹工業の大場をシメに行くところだ。ほんとは俺1人で十分だが、皆でやったほうが楽しいからな。」と伝えると、亜矢は「大した自信ね。まあ、あんたたちなら心配ないけどさ。」と誇らしげに言います。研二は「土産話は明日してやるから楽しみにしてなさい。」と言い残し、2人と共に去っていきました。研二たちは近くの住宅街を練り歩き、丸竹工業を目指しますが、3人は丸竹工業高等学校がどこにあるのかを全く知りませんでした。3人はキックボクシングジムで聞き込みに向かいますが、情報は得られず、途方に暮れるのでした。


その翌日、研二たちはいつもの溜まり場でいつものように遊んでいました。研二はテレビゲーム、太田はサンドバッグで喧嘩の練習をし、朝倉は漫画の続きを読んでいました。亜矢は研二たちの教室にやって来ると、「丸竹行ったんでしょ?」と昨日のことを尋ねますが、太田は「それがさ、場所分かんなくて行かなかったんだよね。」と場所を知らなかったので断念したと伝えます。亜矢は「場所教えてあげるから今日行けばいいじゃん。」と提言し、太田は丸竹に殴り込みに行きたいかをテレビゲームに夢中だった研二に訊ねますが、研二は「面倒くさいからいいや。」とだるそうに答えます。亜矢は「な〜んだ!つまんないの!」と言って教室から立ち去ります。

その後、研二は校門の前で太田と朝倉と別れます。研二は町の高台に行くと、タバコを吸いながら美しい夕焼けの景色を眺めます。夜になり、研二は夜の街をぶらぶらと歩いていました。その時、彼は道を歩いていた主婦がひったくり犯にバッグを奪われているところを目撃します。無関心だった彼はそのまま素通りしようとしますが、近くにいたバンドマンの男性に自分のベースを預かってくれるよう言われ、バンドマンからベースを受け取ります。バンドマンの男性は全速力で走り出し、ひったくり犯を取り押さえます。警官が駆けつけると、「ここで話すのも目立ってアレなんで、ちょっと交番まで…」とひったくり犯を確保したバンドマンに交番で事情聴取を受けてくれるよう求めますが、バンドマンは「いや、無理です。これからライブなんで。」と答えます。バンドマンは自分はベース担当だと教え、バンドマン、警官、主婦のやり取りを聞いていた研二はバンドマンから預かっていたベースを見つめます。その夜、研二は2階の自分の部屋で寝そべりながら『わんぱく!あっぱくん』というアニメ番組を観ていました。彼はテレビの横にあった自分のベースを見つめ、音楽を始めることを思い立ちます。


翌日、研二はいつもの溜まり場に向かうと、テレビゲームをしている太田と漫画を読んでいる朝倉に声をかけました。太田は「なんだ、研二?」と研二に返します。研二は暫く沈黙すると、「バンド、やらないか?」と口にしました。それを聞いた太田と朝倉は楽器はやったことないと意見しますが、研二は腕を組んで含み笑いをすると、「だからこそ、いいんだよ。」と言います。研二は自分のあとについてくるよう2人に告げ、太田と朝倉は階段を上っていく研二のあとについていきました。


研二は太田と朝倉を音楽室に連れていきます。音楽室にはバンドを組むのに必要な楽器や機材が並べられていました。太田は「バンドで必要なのはギターとベースとドラムってとこだな。」と言ってギターとベースを手にしました。それを見た研二は「それ1個うちにあるぞ。」と言い、「赤いのはあるぞ。」と太田が右手で持っている赤いエレキギターと同じものを持っていると伝えますが、研二はエレキギターとベースの違いに気づいていません。朝倉が「ドラムはどれを持っていけばいいんだ?」と研二に尋ねると、研二は「持てるだけ持ってけばいいよ。」と適当に答えました。楽器や機材を持った3人は研二の家に向かいます。研二の自室に入ると、太田と朝倉は研二に言われて適当に自分の楽器を置きますが、太田は研二が持っている楽器がエレキギターではなく、エレキベースであることに気づきます。太田がその事を指摘すると、研二は「え?ベースっえなんだよ?」と聞き返しました。太田は「ベースは低い音が出るやつだよ。」と教え、研二は「ふ~ん。」と相づちすると、「まあ、いいや。とりあえずやろうぜ。」とベース2、ドラム1で音を鳴らすことにしました。研二と太田はケーブルをアンプに差し込み、朝倉はドラムスティックを両手に持つと、研二と太田はベースが鳴るかを確認しました。研二の掛け声で3人が音を鳴らすと、ドラムの音とベースの低音が部屋じゅうに響き渡り、3人の心に衝撃が走ります。研二は「今のさ、スゲェ気持ち良かった。」と太田と朝倉に話し、太田と朝倉も同じ事を思っていました。研二の呼び掛けで3人はバンドの練習を始め、2ベース1ドラムでシンプルなビートを奏でます。その頃、学校帰りの亜矢は研二の家がある住宅街を歩いていました。彼女が研二の家を通り過ぎようとしていると、研二の家から楽器の音が漏れ聞こえていることに気づき、不思議に思い、2階の自室のほうを見つめていました。

同じ頃、丸竹工業高等学校。モヒカン頭の大場たちが学校の給食室に集まっていました。大場軍団は全員、モヒカン頭で、大場の側近の髭以外は赤い学生服を身につけています。髭は「中山と松井と鈴木が軍団を辞めたいとヌカしてるのでシメてやりましょう。」と報告すると、大場は「なんであいつらが急にそんなこと言うんだ?」と子分に話を伺いました。黒いモヒカン頭の子分が松井らが研二にやられたと研二に伝え、それを知った大場は「先週も不登校になったヤツがいたが、あれも研二だったよな?」と聞くと、黒いモヒカン頭の子分は「ええ。研二に自転車で追い回されたせいでノイローゼになって引きこもってます。」と報告します。研二は本当に自転車で丸竹工業の子分を追い回したのでしょうか。憤りを感じた大場は「ナメた真似しやがって。研二の野郎は一度ボコボコにして分からせる必要があるな。」と言い、髭が「呼び出して八つ裂きにしてやりましょう!」とハキハキした声で言いますが、冷静だった大場にその気は無く、中学校の同級生である亜矢が研二と同じ高校に通っていることを思い出しました。黒いモヒカン頭の子分が「亜矢さんに伝言お願いしましょうか?」と聞くと、大場は「亜矢には俺から連絡する。」と自分から亜矢に伝言を言うと笑みを浮かべて言いました。

翌日、研二、太田、朝倉は学校の屋上で外の景色を見ながら休んでいました。朝倉が「今日も放課後、バンドの練習するだろ?」と研二に聞くと、タバコを吸っていた研二は「もちろん。」と答えます。太田は「そういえばさ、ベースの頭に付いてるあれはなんだろう?」と研二に問いかけ、研二と太田はベースのヘッドについているつまみのようなものを思い浮かべました。研二は「あ~。あれのことは俺もずっと考えていたんだが、あのつまみは回して音を…ビョーンってするための物なんじゃないか?」と太田に教えます。そこへ亜矢が大場に頼まれた伝言を言いに屋上にやって来ます。バンドの話をしていた研二は「今、大事な話をしてるから邪魔するな。」と追い払おうとすると、亜矢は「どうせまた悪だくみでしょ?」と告げ、「そんなことより、丸竹の大場が研二とタイマン張りたがってるよ。いい加減相手してやれば?」と大場から伝言を伝えますが、研二は「悪いが俺たちは今、音楽に夢中だからそんなことをしてる暇はない。」と大場からの要求を断ります。亜矢は「そういえば昨日、あんたのうちから変な音が聞こえたけど、あれが音楽だったの?」と聞くと、研二は立ち上がり、「そうだ。今からビョーン奏法について研究だ。」と答えます。亜矢は「ビョーン奏法」という言葉の意味が分かりません。研二は「それから、今から俺たちのことはミュージャンと呼びなさい。」と言い残して太田と朝倉を連れて屋上に出ようとしました。興味を示した亜矢は「ミュージャン?」と聞き返し、研二は「そうだ、敬意を込めてな。」と告げます。亜矢は「いいけどさ、まずあんたたちの演奏を聴かせなさいよ。」と曲を聞かせてくれるよう研二たちに頼みます。


研二たちは亜矢を練習場所である研二の家の自室に連れて行きます。準備が整うと、研二たちは昨日演奏していたシンプルなビートを亜矢の前で奏で、彼らの音楽を聞いた亜矢は心打たれます。演奏が終わり、太田は「どうだった?亜矢ちゃん?」と演奏を聞いて拍手をする亜矢に感想を求めると、亜矢は「男らしくていいんじゃない?私は好きだよ。」と答えます。亜矢は研二たちの曲に歌はないのかと研二に尋ねますが、研二は「無いです。」と答えます。亜矢は「バンド名は?」と尋ねると、研二は自分たちのバンドにバンド名をつけてなかったことに気づきます。研二たちは亜矢がいる前でバンド名を何にするかで話し合いました。太田は「チャック…」とカッコイイバンド名を考えていましたが、恥ずかしくなって言うのを躊躇います。すると朝倉は「『古武術』ってのはどうだ?」と研二に提案しました。研二はすんなりと受け入れ、「よし!決定だ!」とバンド名を『古武術』にすると決めました。その様子を見た亜矢は「あんたたちって本当にいい加減ね。」と言います。朝倉は油性ペンで「バンド名 古武術」と紙に書きます。亜矢は「その古武術ってに?」と朝倉に尋ねると、朝倉は「よく知らないけど、親戚のおっさんがやってるんだよ。その古武術ってのを。」と答えます。亜矢は「古武術」という言葉に聞き覚えがあると感じていました。亜矢は「まあ、頑張ってね。『古武術』の皆さん。」と声をかけますが、タバコを吸っていた研二は「何を頑張ればいいんだ?」と呟きます。

その夜、研二が喧嘩しに来てくれると思っていた大場たちはオートレストランの前で待機していました。しかし大場は「どうやら研二の野郎は怖じ気付いたみたいだな。」と研二はビビって来なくなったと思い込んでいました。髭は「探し出して、八つ裂きにしてやりましょう!」とハキハキした声で言いますが、大場は右手を挙げて「まぁ待て。」と髭をなだめ、「ただボコボコにしてもつまらない。もう少し様子を見ておくか。」と髭と子分たちに伝えます。そこに弥生時代の衣装を着た眼鏡の男性が突然大場軍団の輪の中に現れます。黄土色のモヒカン頭の子分が隣にいた弥生時代の男性を見て驚きます。更にそこへエビカマ工場の夜間バイトの主任が現れ、「今日はバイトたくさんいるなぁ。」と言って大場の子分たちを数え始めます。バイト主任は大場軍団を工場内の夜間バイトに来てくれた人たちだと勘違いしていました。大場は「おっさん、眼鏡割られたくなきゃ、とっとと消えたほうが身のためだぞ。」と剣幕を飛ばそうとしますが、更にそこへ高校の先輩だった松竹先輩が一同の前に現れます。松竹先輩は「おお、やっぱり大場か。お前もエビカマ工場でバイトか?」と大場に声をかけると、バイト主任に挨拶し、「こいつ、後輩の大場っす。こんな頭ですけど、根性あるんで使えると思いますよ。」と大場をバイト主任に紹介します。松竹先輩は大場をバイト先のエビカマ工場の迎えのバスに連れて行きました。弥生時代の男性もバスに乗り込みます。



翌朝、学校の休み時間、研二と太田とは別のクラスにいる朝倉は慌てて研二と太田、亜矢が所属するクラスの教室へと向かいました。朝倉はボードゲームで遊んでいる朝倉と太田に声をかけると、「この学校に『古美術』というバンドがあるらしいぞ!」と報告し、それを聞いた2人は驚きます。朝倉が「どうする?」と聞くと、研二は「まあいいや。」と気にしない素振りを見せますが、朝倉は「よくねぇだろ。俺が『古美術』とかいうバンド名を辞めさせてくるよ。」と言います。研二は「その前に、どんな音楽をやってるのか気になるなあ。」と言い出し、太田と朝倉を引き連れて『古美術』を捜し出すことにしました。別のクラスの教室に向かうと、研二は「古美術~。古美術~。」と呼び掛けました。研二たちの悪い噂を聞いていた生徒たちはざわつきますが、生徒たちに紛れて『古美術』のメンバーである髪ハネという男子生徒が恐怖を感じながら研二たちを見ていました。髪ハネは素直に『古美術』だと名乗ることができません。髪ハネは慌てて近くの公園で練習していた『古美術』のメンバー、森田とマッシュルームの元に向かいました。髪ハネが「大変だよ!森田!B組の不良トリオが我ら『古美術』を捜しているぞ!」と2人に報告すると、森田は髪ハネを落ち着かせ、深呼吸しますが、マッシュルームと髪ハネと共に公園から逃げ去りました。その後、研二たちに何をされるか分からないと恐れおののいた『古美術』たちは学校のフォークソング部の部室に向かいます。森田は「皆さん、これが我ら『古美術』の最後の演奏になります。」と髪ハネとマッシュルームに呼び掛け、髪ハネが「ああ~!森田!僕の指は何本残るかな?」と森田に聞くと、森田は「足の指まで折られるでしょう。」と答えます。髪ハネは頭を抱えて嘆き悲しみます。『古美術』はフォークソング部の部員たちで結成したフォークグループでした。その時、研二たちがフォークソング部の部室の前にやって来ます。研二はドアに鍵がかかっているのを知ると、いとも簡単にドアを外し、森田たちは研二たちを見てガクガクと震え上がります。森田は後ずさりしようとしますが、研二は詰め寄り、断りもなく森田に握手をしながら「初めまして。『古美術』です。」と自分たちのバンド名を名乗りました。森田も「初めまして。『古美術』です。」とバンド名を名乗ります。森田が用件を尋ねると、研二は「君たちの演奏をぜひ聴かせてほしいんだ。」と答え、森田は驚きのあまり思わず叫びだしました。『古美術』は自分たちの曲を聴かせることにしました。3本のアコギのアルペジオと共に森田の美しい歌声が部室に響き渡ります。演奏が終わり、森田が「こんな感じですけど、いかがでしょうか?」と感想を求めると、研二は無表情で森田に近寄り、森田の右手に手を取り、「素晴らしい。」と答えました。森田は「ありがとうございます。」と告げ、森田は「次は『古武術』の番だ。」と森田に告げます。


研二たちは森田たちを研二の家の自室に連れて行き、自分たちの演奏を『古美術』に聴かせました。演奏を聴いた森田は衝撃を受け、「素晴らしい!ロックの原始的な衝動のようなかっこよさを感じました。」と興奮気味に演奏を終えた研二に言います。研二は「それは凄いな。」と言い、興奮が冷めない森田は「『古武術』さんも我々、『古美術』と一緒に8月にロックフェスに参加しませんか?」と誘います。研二は訳が分からないままそれを引き受け、「よく分からんが、お祭りか何かだろ?」と聞くと、森田は「はい。小さい規模ですけど歴史が長くて日本で最初のロックフェスと言われているのです。」と説明します。地元で行われている『坂本町ロックフェスティバル』は音楽好きにはかなり有名なロックフェスでした。研二と森田は握手を交わし、太田と朝倉は本格的に人前で演奏することを喜びます。

翌日、研二と太田は教室でロックフェスに出ることを亜矢に話すと、亜矢は「フェスってライブ?すごいじゃん!」と喜びます。亜矢は「そうなると、歌があったほうがいいんじゃない?」と曲に歌詞をつけて歌うよう提案し、研二たちのクラスの教室にやって来た朝倉も「実は俺もそう思ってたんだ。」と言いますが、研二は「俺は歌わないぞ。」とボーカルはやらないと拒否しました。太田も朝倉もボーカルをやる気はありません。そこで研二は亜矢を見つめると、「亜矢、お前が歌え!」と言って指差し、バンドのボーカルを努めてくれるよう頼み、亜矢は戸惑いますが、太田も朝倉も研二と同じことを言い出します。亜矢は「ちょっと、勝手に決めないでよ!」と怒り出し、研二が「なんだ、自信ないのか?」と問いかけると亜矢は「まあ、ないこともないけど。」と恥ずかしそうに言いました。下校時間になり、亜矢が昇降口に行くと、三つ編みの亜矢の友達から「帰りにジャソコ(デパート)と寄ってかない?」と声をかけられますが、亜矢はその誘いを断り、足早に帰宅しました。彼女は2階の自室の入り、カーテンを閉めると、発声練習を始めました。亜矢は音楽が大好きでした。

数日後、太田は研二のことで相談しようと森田の家を訪れます。森田はホテルカリフォルニアに似た豪邸に住んでいました。太田が研二がバンドの練習をする気を無くしたと伝えると、それを知って驚いた森田は「まさか、自信を無くして自信を喪失してしまったのでは?」と言いました。太田は「いや、曲は完璧だったんだけどな。まあどうにかするよ。」とバンドのことを前向きに考えていました。森田は研二のことで不安に感じつつ、ロックフェスのチラシを渡すと、宣伝のためにあらゆる場所に配布するよう言いました。その直後、太田はふと側にあった森田のCDコレクションをじっと見つめました。太田がタバコを吸いたがってると思っていた森田が「灰皿ですか?」と聞くと、太田は「俺、タバコ吸わねぇから。」と答え、「いや、森田は音楽が好きなんだなあと思ってさ。」と告げます。森田は照れ臭そうに頭をかきながら「いや~。それだけがとりえなもんで、僕から音楽を取ったら何もないですし、真面目そうですが、勉強も全くできないですし。」と言います。太田は「しかし、スゲェ数だなあ。何枚ぐらいあるの?」と聞くと、森田は「最近は数えてないので正確には分からないのですが、3万枚ぐらいですかね。」と答えます。森田は3万枚のCDコレクションのなかからキング・クリムゾンの『In the Court Of The Crimson King』を手に取り、それを太田に勧めると、太田は顔面のドアップのCDジャケットを見て「スゲェ顔してんなぁ。」と面白半分に言います。


翌日、太田はいつもの溜まり場で研二がバンドの練習をする気を無くしたと亜矢に話します。驚いた亜矢は「あんたたちはそれでいいわけ?」と研二を説得するよう求めますが、朝倉は「しょうがないよ。研二が言い出したことだから。」と言います。朝倉によると、飽き性の研二は太田と朝倉が説得しても聞く耳を持たず、この間、ワニを飼っていたが、すぐに飼育するのに飽きてしまい、川に放していたと告げます。太田と朝倉は研二をバンドに戻すことを諦めていました。その後、亜矢は研二を海沿いの道に呼び出しました。研二がやって来ると、亜矢は「あんた、バンドやめたって本当なの?」と研二を問い詰めます。研二はそれを認めたうえで開き直ったように「亜矢には関係ないだろ?」と言い、呆れた亜矢は「やっぱりただのバカだったか。」と言ってその場から立ち去ろうとします。すると研二は立ち去ろうとする亜矢を追いかけ、引き止めようとしますが、不意に亜矢のお尻を鷲掴みにしてしまい、怒った亜矢は研二の顔面を殴りました。亜矢は立ち去り、尻餅をついていた研二は仰向けになりました。バイクに乗って道を通ろうとしていた男性が仰向けになった研二を見つめますが、そのまま立ち去っていきます。研二は空を見ながらタバコを吸い始めます。その頃、太田は埠頭でベースとアンプを持ち込み、ロックフェスに向けてベースを練習していると、朝倉がドラムを持って埠頭にやって来ます。太田と朝倉は研二がバンドの練習に来てくれないため、仕方なくふたりでバンドの練習を行いました。


ロックフェスまであと僅かになり、『古美術』の面々は路上ライブをするついでにロックフェスの宣伝のために広場でチラシ配りを行っていました。森田が弾き語りで『古美術』の曲を演奏し、髪ハネとマッシュルームが通行人にチラシを配ろうとしますが、通行人たちは見て見ぬフリをして通り過ぎていきます。この状況に『古美術』は寂しそうにうなだれます。そんななか、森田は通り過ぎていく人々を見て『古美術』の曲を歌うのをやめ、感情のままにギターをかき鳴らし始めます。ギターのストロークが強くなり、演奏が激しくなると、森田は頭を振り回しながら演奏し続け、叫び声をあげました。森田の演奏が人々の心に響いたのか、通り過ぎていたはずの通行人が立ち止まるようになり、『古美術』の前に人だかりができていました。研二とみられるスキンヘッドの男性が『古美術』の前を素通りします。通行人たちは森田の演奏を見て拍手しますが、疲労困憊になった森田は一同の前で倒れ込みました。

その翌日、ライブ前日、昇降口に向かった亜矢は三つ編みの亜矢の友達に一緒に帰ろうと声をかけられますが、「あっごめん。今日も急いでるの。また今度ね。」と言って忙しそうに学校から去っていきます。亜矢の友達は「何よ。せっかく待ってたのにー。」と呟きます。亜矢の友達が昇降口を出ると、学校の屋上から楽器の音が聞こえていることに気づき、屋上のほうを見上げました。太田と朝倉が黙々とバンドの練習をしていましたが、研二の姿はありません。練習が終わると、太田と朝倉はロックフェスのチラシを町中に貼り付けます。夜になり、太田と朝倉は埠頭で夜空を見ながら休んでいました。朝倉が「研二来るかな?」と太田に聞くと、太田は「きっと来るよ。俺、見逃さなかったからね。研二がケツでリズムを取ってるの。」と答えます。研二が「俺、バンド飽きた。」と言ったあの日、彼は太田と朝倉の前で寝そべりながらお尻をビクビクを動かしてリズムを取っていました。太田と朝倉はその事を思い出して笑い合います。朝倉は「俺、バンド始めて良かったよ。」と告げ、太田も朝倉と同じことを言います。するとその直後、どこからかリコーダーの激しい演奏が聞こえてきました。太田と朝倉は近くのチョンマゲ島のほうから聞こえてくると認識しますが、2人に気づいたのか、リコーダーの音はすぐに止まりました。


ライブ当日、丸竹工業高等学校。大場軍団の子分のひとりがロックフェスのチラシを持って大場たちのいる給食室へとやって来ます。子分が研二がロックフェスに出ると大場に伝えると、大場は「そうか。いつも無視しやがって。ウンコ野郎。絶対に失敗させてやる。」と言って持っていた缶コーヒーを握り潰します。

一方、『坂本町ロックフェスティバル』の会場。会場では司会者がステージ上に立ち、「お待たせしました。坂本町ロックフェスティバルを開催します。」と開催していました。チラシを貼ったかいがあるのか、地元のアーティストの演奏を観ようと多くの人々が客席にいました。緊張している太田と朝倉がステージ裏で客席のほうを見ていると、亜矢が「やぁ!調子はどうだい?お二人さん?」と言ってステージ裏にやって来ます。太田と朝倉は走り寄り、朝倉は「研二がまだ来てないんだよ。」と心配そうに言いますが、亜矢は「大丈夫、あいつはきっと来るよ。」と誇らしげに言います。

同じ頃、研二が自分のベースを持って家を出ると、大場軍団が家の前で研二を待ち伏せしていました。しかし研二が無視してきたため、大場は慌てて研二を呼び止めます。研二は大場に気づくと、「なんだ。丸竹工業のバカ大場か。」と告げます。怒った髭は殴りかかろうとしますが、大場は「まぁ、待て。」と髭を止め、「研二よ、生きてフェスに出たいのなら次の2つから選べ。」と研二に持ちかけます。大場は自分たちと勝負してボコボコに殴られるか、持っているベースを壊すかのどちらかを選ぶよう要求しますが、彼がベースを自分の手で壊すよう言ったその矢先、研二は躊躇うことなくベースを地面に叩き折ります。ベースのネックは折れ、研二はベースのボディを右足で踏みつけます。予想だにしない事態に大場は研二をなだめようとしますが、研二は右手を背中に回すと、背中に隠し持っていたリコーダーを出しました。研二はそのままリコーダーをピロピロと演奏を始めると、演奏が激しくなり、研二の演奏の上手さに大場は呆気に取られます。すると研二はリコーダーを吹きながら高速移動で大場軍団の間を潜り抜け、大場軍団から逃げ出そうとします。研二を止めようと大場は「あのリコーダーを奪い取れ!」と髭や子分たちに指示し、大場軍団は逃げ出す研二を追いかけます。


一方、『坂本町ロックフェスティバル』ではタンクトップ姿のシンガーソングライター、パブリック柴田が自分の曲を披露していました。パブリック柴田の演奏が終わり、太田と朝倉は研二がいっこうに会場に現れないことに焦りを感じていました。その時、太田は森田を見て「あれ?お前森田か?」と問いかけます。ロックに目覚めた森田は髪色を金髪に変え、UKスタイルのファッションを身につけていました。森田は「はい、行ってきます。」と太田と朝倉に言い、茶髪になった髪ハネとマッシュルームを伴ってステージ上へと向かいます。『古美術』はロックバンドとして自分たちの曲を披露しました。森田がエレキギターを弾きながら美しい歌声で歌い上げ、髪ハネがベースを弾き、マッシュルームがドラムを叩きます。舞台裏にいた太田と朝倉、客席にいた観客が音楽に合わせて小刻みに体を揺らすなか、森田が曲の終盤を歌い切ろうとしたその時、エレキギターのストラップが外れてしまい、ギターが落ちると、会場にハウリングが響き渡りました。一同は口を開いて森田の様子を見ていました。髪ハネとマッシュルームは心配してうなだれる森田に近寄り、観客たちが暖かい声援を飛ばしますが、森田はエレキギターを引きずってステージから立ち去ります。髪ハネとマッシュルームもその場から立ち去ります。ステージ裏にいた太田は森田に声をかけると、森田は「すいません、『古武術』の皆さんの大事な初陣前に縁起でもないことしてしまって…」と謝ります。太田が「そんなことないって、かっこ良かったぜ。」とフォローすると、森田は「ありがとうございます。お二人とも頑張ってください。」と言いました。ひどく落胆している森田と彼のあとに続く髪ハネとマッシュルームは林のほうへと去っていきます。


『古美術』の次はパンクロックバンドの『オシリペンペンズ』がステージで演奏します。観客の数が増えていくなか、亜矢は苛立ちながら研二が来てくれるのを待っていました。『オシリペンペンズ』の演奏が終わり、司会者は「続いては、『古武術』の皆さんです。」と進行します。係員がやって来ると、緊張している太田と朝倉は覚悟を決め、ステージへと向かいました。研二を待っていた亜矢は「バカ研二が!」と言い、怒って客席のほうへと向かいます。研二がいないまま演奏することに戸惑う太田と朝倉は演奏を始めようとしますが、そこへ研二がリコーダーを吹きながら観客をかき分けてステージ上にやって来ました。研二はそのままリコーダーの演奏を観客の前で披露し、太田と朝倉は呆気に取られます。リコーダーの演奏が終わると、研二は「1曲目終わり。」と呟きます。太田は「待ってたよ。もう来ないかと思ったよ。」と安心します。しかし、研二を追っていた大場軍団がロックフェスの会場に来ていました。髭は「研二をステージから引きずり下ろせ!」と言いますが、大場は髭を止めると、「一番盛りあがっているところで邪魔してやればいい。そうなれば観客は落胆して、あいつらは大勢の前で恥をかくわけだ。」と提言します。

『古武術』は研二の呼びかけで演奏を始めます。太田のベースと太田のドラムに研二のリコーダーのメロディーが追加され、3人の演奏は観客たちを惹きつけていきます。ステージ脇で体育座りをして落ち込んでいた森田は『古武術』の演奏を聞いて立ち上がり、元気を取り戻します。研二はリコーダーの演奏をやめ、リコーダーを指揮棒のように使って2人の指揮を執り出し、森田はステージに立つと、ダブルネックギターでギターソロを弾き始めました。研二はリコーダーの演奏を再開させると、残った『古美術』のメンバーもステージに上がりました。髪ハネはベース、マッシュルームはキーボードを演奏します。演奏を邪魔しようと目論んでいた大場や子分たちは呆気に取られ、髭は音楽に乗せて体を揺らしていました。ステージは盛り上がり、観客たちはトランス状態と化すなか、研二のリコーダーソロで6人の迫力ある演奏が締めくくられます。



その直後、研二はリコーダーを持って飛び上がり、ロックフェスの看板を越えて高く昇っていきます。太田、朝倉、森田、髪ハネ、マッシュルームは研二を見て驚きます。研二は地面に着地すると、リコーダーを投げ捨て、涙をこぼしながら感情のままに高らかな美声を披露しました。それはまるで音楽の喜びを観客に届けているようでした。

後日、放課後、研二は誰もいない教室で自分の席に座ってぼんやりとしていました。亜矢がやって来て、研二の前の席に座ると、「あんた、歌上手かったんだね。」と言いました。研二は「当たり前だ。」と返事します。亜矢は「バンドの調子はどうよ?」と尋ねますが、研二は「バンドは解散した。」と答えます。亜矢は驚き、不満げな表情で机をもじもじと指でなぞります。研二は「丸竹工業の大場とはまだ付き合ってるのか?」と訊ねると、亜矢は「はぁ?大場とは中学が一緒だっただけよ。」と大場と付き合っていないと答えました。それを知った研二は「俺とディズニーランドに行かねぇか?」とデートに誘います。亜矢は「気持ち悪りぃ。」と言ってあっかんべーをしました。そこへ廊下を歩いていた太田は教室で研二と亜矢が何かを話しているのを目撃します。それを見た太田は2人を見守り、微笑みながらその場から立ち去ります。


太田が昇降口に向かうと、朝倉が昇降口の前で太田を待っていました。2人が帰りに漫画喫茶に立ち寄ろうと考えていたその時、亜矢が嬉しそうにスキップをしながら2人の前に現れます。太田が「スキップなんかしちゃって、なんかいいことあったの?」と校庭に立つ亜矢に声をかけると、亜矢は「別に。」と答え、校庭から立ち去ります。太田と朝倉は『古武術』を解散したものの、また音楽をやりたいと思っていました。朝倉は「ところでさ、バンド再結成の件なんだけど…」と聞くと、岡田は「それなら今日聞けばオッケーだよ。」と答えます。そこへ黒髪に戻した森田と髪ハネ、マッシュルームが太田と朝倉の前にやって来ますが、研二が両手を挙げて昇降口から飛び出しました。

THE END



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感想
この映画は映像作家の岩井沢健治さんが監督、脚本、絵コンテ、キャラクターデザイン、作画監督、美術監督、編集を手がけ、松江哲明監督がプロデューサーを務めているアニメーション映画。大橋裕之さんの漫画『音楽 完全版』が原作となっています。アヌシー国際アニメーション映画祭2020のコントルシャン部門で最優秀音楽賞、第12回TAMA映画賞で特別賞を受賞している作品です。

普段は劇場未公開映画、特集上映でかかっているミニシアター系の映画を中心に観ているのですが、今年は日本映画界を応援しようと日本映画を劇場観賞とソフトの両方で何本か観賞していました。アニメーション映画はここ数年観ていなかったものの、前評判が良かったし、声優陣は芹澤興人さんや駒井蓮さんと気になる俳優さんが声の出演をしていたのでレンタルで観賞しました。結論から言うと、約70分という短い尺の割りには手書きアニメーションの魅力を存分に伝えてくれるし、作中の演奏シーンや楽曲群を通して音楽の素晴らしさを感じさせてくれる非常に面白い一作でした。

物語は不良の高校生、研二がひょんなことからバンドをスタートさせようと決め、仲間の太田と朝倉に声をかけ、夏に開かれる地元のロックフェスに向けてバンド活動をする様子が描かれています。映画は全編に渡ってロトスコープという実写の動きをトレースする手法を使って表現されていて、4万枚を超える作画、7年の個人制作期間をかけて完成させた一作です。

全編ロトスコープの手書きアニメーションは初めて観たのですが、素朴なキャラクターたちのリアルな動きが穏やかな色鉛筆の背景と馴染んでいて、物語の世界観そのものがシュールなので全く違和感が無かったです。作中では『古武術』が亜矢の前で自分たちの曲を披露するシーンで手持ちカメラで映しているようなカメラワークで3人が演奏する様子を臨場感たっぷりに見せていたり、中盤の『古美術』の路上ライブシーンで森田が覚醒している時にデッサン風の作画になったりとエモーショナルに表現されていて、全体的に非常に物語の世界観に引き込まれるように作られていました。手書きアニメーションの魅力を71分という尺で存分に伝えてくれる作品であることは間違いないです。

それに加えて、ロトスコープを使った手描きのアニメーションで大橋裕之さんの漫画の世界観を見事に表現しているため、原作漫画を読んでいなくても大橋裕之さんの漫画の世界観をゲラゲラと笑って楽しめます。例えば、序盤で大場軍団が溜まり場のオートレストランの前で話し合っているシーンがあるんだけど、唐突に大場軍団の子分に紛れて弥生時代の格好をした男性が平然と現れるあたりはいい意味で裏切られたし、大場が松竹先輩の前で剣幕を立てられず、松竹先輩に連れてかれるところはまるでコントのようでした。或いは中盤で研二が大場の言葉を無視してベースを壊すくだりは若干福田雄一監督作品のギャグシーンみたいで面白かったです。あとは個人的に髭という大場の側近がいるんだけど、髭が短絡的な考えで「八つ裂きにしてやりましょうよ!」と言っている割りにはクライマックスの『古武術』の演奏シーンで小粋に音楽に合わせて体を揺らしているところはギャップが大きくて笑えるし、『古美術』のフロントマン、森田がロックに目覚めて覚醒するくだりはカッコイイを通り越してクスクス笑っちゃいましたね。森田のキャラクター像は主人公の研二とは対照的に感情を表に出しているキャラクターなので本作のもう一人の主人公と言ってもいいでしょう。

そして、何よりも作中で流れる楽曲が滅茶苦茶良かったですね。特に『古武術』が作中で演奏している曲、恐らくエンドクレジットの劇中曲のクレジットからしてロトスコープの実写映像でアクターを務めたGellersらが演奏する『音楽』という曲が『古武術』が作中に演奏していた曲で、クライマックスでも披露されていたのがその曲だと思われるんだけど、音楽の初期衝動を感じさせるインパクトの高い楽曲で凄味があったし、クライマックスで『古武術』と途中で演奏に参加した『古美術』が演奏するくだりは楽曲が持つ音楽の力に圧倒させられましたね。個人的には『古美術』の持ち歌『ばんからばくち』と後半のロックフェスのシーンに出演していたオシリペンペンズの『ビューティフルライフ』は滅茶苦茶好きだったのでSpootifyでヘビロテして聴こうと思ってます。

キャラクターの声に命を吹き込んだ声の出演者は作品全体の味わい深さを与えていて素晴らしかったですね。研二を演じたゆらゆら帝国のフロントマン、坂本慎太郎さんは棒読みだけど研二の何を考えてるかよく分からない感じがハマっていたし、朝倉を演じた芹澤興人さんは屈強な朝倉の佇まいや作品の空気感に合っていて良かったですね。個人的には亜矢を演じた駒井蓮さんは以前観た『名前』という作品で初めて彼女の演技を見たのですが、彼女の自然体の声が亜矢のヒロイン像とフィットしていて見事でした。

敢えて言えば、主人公の研二の感情表現が無いので何を考えてそんな行動を取ってるのか分かりにくいことでしょうか。例えば、中盤で防波堤の前で亜矢が研二を説得しようとするシーンがあるんだけど、そこで研二が怒って立ち去ろうとする亜矢のお尻を鷲掴みにする描写があるのですが、描写としてはちょっとどうかな?と感じました。原作漫画を読んでないので何とも言えないんだけど、恐らくここは原作にあった場面を忠実に表現しているんだろうけど、研二は亜矢が好きだからわざと露骨に異性の尻を掴んだのか、亜矢を引き止めようと肩を持ちたかったものの、うっかり尻を掴んでしまったのか、どちらとも言えない表現だったのでよく分からなかったですね。或いは、中盤ぐらいで研二が大場軍団の前で持っていたベースを壊すくだりがあるんだけど、このシーンの研二の行動動機は観客の考察の余地があると思うんだけど、結局物語の流れからして、研二がバンドに飽きてるのにどうしてリコーダーを猛練習していたのかいまひとつ行動動機が分かりづらかったし、どうしてリコーダーを吹くようになったのかもよく分からなかったですね。あとは独特の「間」が若干長いと感じちゃったことですね。序盤で研二が「バンド、やらないか?」と告げるくだりはテンポの悪さではなく、物語の世界観を感じさせる表現なのでまだ許せるんだけど、クライマックスで研二が演奏の終盤で歌い出すくだりは研二が歌い出すまで主要人物全員の顔のアップを最後まで見せられることになるので鈍重さを感じてしまいましたね。

ラストは研二、太田と朝倉が別々の道を歩んでいくことを匂わせる展開で締めくくられていましたね。研二は明らかに思いを寄せている亜矢と順調に恋仲になりそうだし、太田と朝倉は最初に観た時は太田と朝倉は研二を説得して『古武術』を再結成しようという話をしていたんじゃないかと思っていたんだけど、2回目以降はラストシーンの会話の流れからして、『古美術』の3人を誘ってバンド活動させようとしていたんじゃないかなと推察しましたね。とはいえ、ラストシーンで研二が感情を表に出して喜んでいるあたりは滅茶苦茶笑えましたね。ということで、大橋裕之さんの原作漫画は未読なんですが、ロトスコープを駆使した手書きのアニメーションでシュールな物語の世界観を表現していて、ゲラゲラと笑えるシーンが多かったし、演奏シーンを通して音楽の素晴らしさを感じさせてくれる今年ベスト級の傑作映画でした。音楽が好きな人でもそうじゃない人でも確実にこの作品の音楽の力に圧倒させられますし、70分という短い尺で手書きアニメーションの魅力を存分に味わえる一作でした。是非ともレンタルや配信で観賞してみてください。