こんにちはニコニコ

にこです照れ音符

 

昨日は私の過去を少しだけお話

させて頂きました。

 

今日は、幼少期にさせてもらってた

習い事についてお話させて頂きます。

 

皆さんも親になにか塾や野球など

習い事をさせてもらったことはあるかとおもいます。

 

それは、親がやりなさい。っと

言ったものでしょうか?

それとも自分がコレやりたい!っといって

始めたものでしょうか?

 

私の場合は、母と当時オリンピックを

見ていて母がこの競技素敵だね。

かっこいいわ~って言っていたので

そのTVを見ている時が私も楽しく

もし、この競技を私が頑張れば

母に褒めて貰える!!っと思い

わがままを言って始めたものです。

 

5歳から始めました。

シンクロナイズドスイミングです。

 

珍しいものを始めました(笑)

 

実は母は独身の頃スイミングの

先生をしていたらしく、

そのこともありシンクロを習うことに

大賛成して貰えました。

 

しかし、この選択は私にとって地獄でした。

 

最初は5歳で泳ぐこともそんなに

できなかったので先生にあれこれ教えてもらい

先生にも可愛がられ楽しく通っていたのですが、

小学生に上がると、合宿というものが

はじまりました。

 

小学生にして7泊8日という過酷なものでした。

毎日朝8時から夜7時まで

プールの中に浸かり

休憩はほとんどなかった記憶があります。

 

練習自体もとてもきつかったのですが

私以外のメンバーも一緒だったので

心強かったです。

 

地獄だったのは食事です。

 

私はメンバーの中で一番華奢でした。

背も低く、かなりやせていました。

 

シンクロはたくさん食べないと水の中では

体力が持たない。っということで

食事の管理はきっちりされていました。

 

私の食事はみんなとは別メニューでした。

朝ごはんは丼ばち1杯の米と特大ハンバーグ

豆腐に納豆お味噌汁!!

 

小学生で食が細かった私はとても食べられる

量ではなかったかと思います。

 

THE体育会飯って感じでした。

 

メンバーの料理は私のメニューの3分の1程度

だったと思います。

 

食事の時間は45分と決められているのですが、

残してはいけないという理由で

残って食べさせられていました。

 

もう限界っというくらいまで口に詰め込んで

こっそりトイレで吐いていました。

 

すると先生がついてきて

私が吐いてる現場を見られてしまい、

トイレに吐いた汚物を

もったいない

という理由でお皿に入れられ

外で食べさせられていました。

 

その合宿場は高校生の部活などでも

使用されていたため

高校生の人たちが窓から私が

吐物を食べているのを見て

 

『きったね~』

『きゃ~』

っと悲鳴のようなものをあげて

私を見てました。

 

吐物を食べている時も

嘔吐してそれを食べきるまで

させられていました。

 

食べきったあと、プールへ行き

もちろん練習に遅れた罰として

大嫌いな筋トレと*ノーブレスを

させられました。

*ノーブレスとは息継ぎをしないで

35メートル泳ぎ切りそれを50メートル

45秒で20本、息継ぎをもししてしまったら

4本増えるというものでした。

 

最高で108本したことがあります

(さすがに終わるころには夕方になってました)

 

それを終えると、先生が私になにも

言わず、にこ往復ビンタね。

っと言い、履いているスリッパで

ビンタされていました。

 

他のお仕置きは市民プールでいろんな人がいる前で

男の子用の水着を着用させられ泳ぐ、

シンクロには必需品のマイクで

水中にも音が聞こえるものを使い

『わたしはあほです。振付がおぼえられません』

っとみんなの前で言う。

 

今思えば虐待です(笑)

しかし私の幼少期ではそこまで

虐待というものにみんなが敏感では

なかったのか、みんな黙認していたのかと思います。

 

そんなことが5年間続きました。

母には何度も辞めたいと言いました。

 

しかし、途中で諦めたらだめ。

一か月の月謝いくらかかってると思っているの?

っと言われてなんとか

頑張ってきたかと思います。

 

そんな努力が実ったのか

全国大会まで出れるようになったり

一応練習している分成果も

あがるようになりました。

 

私はやっと母に認められたと思いました。

でも現実は褒められるというか

他のメンバーばかり褒めていて

あの子みたいになりなさいっと

言われていたかと思います。

 

もちろん先生からも褒められた記憶は

ありません。

 

とても悲しかった記憶がありました。

 

しかし、ある時から食事が全く喉を通らなく

なりました。

 

さらに痩せていき、家で食べるご飯も

一切喉を通らず、一口食べると

吐くことをしていました。

 

最初は母、私の一生懸命作った

料理を吐くなんて、なんていう子!!

弟や妹はきちんと完食するのに!!

 

っと毎日怒られて合宿のような

食生活をさせられていたのですが、

本当になにも食べられなくなった時

初めて病院へ連れて行ってもらい

 

拒食症と診断されました。

 

それが小学5年生の頃でした。

 

 

 

っというのが私の習い事でした。

今はそんなにひどい虐待行為があれば

即座に通報されるかと思いますが

私の幼少期の時代にはありませんでした。

 

今思い返すと一体自分が何を得たのか

母にはたくさんの月謝を払ってもらったのに

結局母の夢だったオリンピックに

出演することも出来ず・・・

 

なにも満足できない

結果になったかと思います・・・

 

 

なので自分の娘には

やりたいっといった習い事は積極的に

経済的に不安定にならない程度に

させてあげたいとは思うのですが・・・

 

本音を言うと塾以外の体育会系な

習い事は極力してほしくないっという

おもいもあります(笑)

 

でも、それは過去の事なのでと割り切りたいです

 

現在時々スポーツ業界で虐待の

ニュースなど心痛ましいニュース

が耳に入ってきますが、、、

はやく根絶してほしいっというのが

私の願いでもあります(笑)

 

グダグダになってしましましたが

習い事って楽しいイメージがあまりない

にこでしたショボーンショボーン