こんにちは![]()
にこです![]()
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前の記事で
私の習い事について
記事を書かせて頂きました。
今回は過去のその時の自分に対して
考察し、その時の自分への手紙を書きたい
と思います。
その前に、このブログは
私自身がAC(アダルトチルドレン)
であることを認め過去の自分は
まだ自責の念にかられており
許すことが出来なかったり
虐待のトラウマから人を信用できなく
なり、大嫌いな私を克服して
今ある家族と娘に生かしたい!
また同じ境遇の方に少しでも役立って
貰えるようにと思い、始めました。
習い事をしていた自分は
母にとって自慢の娘でありたい。
そんな思いで始めたものです。
母と習い事をしていた私の話を
今でも話すことがあります。
母は私がシンクロをしたいと言った理由は
「ラジオ体操に行きたくなかったから」
シンクロを始めたと思っています。
幼かったとはいえ、たぶんそれは
真実ではないと思います。
私は母の笑顔が見たかった。
習い事で送迎をしてもらっているときは
母は家庭から離れて私にたくさん
笑顔をみせてくれたり
母が祖父母からいびられたりすることが
減るかなっと幼いながら思っていました
それが真実だったとは未だに
母には伝えられていませんが、
そういった感情で習い事を始めたように思います。
正直小学生だった私は
習い事に行くことにそんなにストレスは
感じてなかったかと思いますが
(週末なので行かなくてはいけない)
当たり前なことをこなしていたように
思います。
しかし実際こうやって文章に書いてみると
相当ストレスがたまっていたり、
自尊心を育てられなかった。
自分を愛せなかった。
覚えが悪いことで
「私はあほです。振付が覚えられません」
っとマイクで言わされていた事や
毎日先生から頭が悪いと言われたり
発達障害の学級(なかよし学級)
に入ったほうがいいなどを
言われてきたせいで
自分はあほでなにも覚えられない。
なんでなんだろう?
本当に発達障害ではないか?
そんなことを考えていたんです。
誰よりも振付を夜遅くまで合宿場の
ロビーで覚えさせられたり
していたのになぜ覚えられなかったのか・・・
あの時の私にこれだけは言いたいです。
きちんと生きてるよ。
あほではなかったよ。
っと伝えてあげたいです(笑)
吐物を食べさせられたりしていた時は
本当に辛かった。
知らない大きなお姉さん達に
見世物にされて・・・
すごくつらかった。恥ずかしかった
でも誰も助けてくれなかった。
お仕置きにあった
メンバーの一番味方だった先輩が
(先輩といっても小学6年生)
先生に言われ私のお仕置役に任命されて
から、スプーンで口の中が切れるくらい
ほっぺたを叩かれたり・・・
していたので、見方がいず、
メンバーで足手まといな私となり
自己肯定できなくなりました。
あ~今思い出しただけで
あの記憶はトラウマです(笑)
過去を見つめなおして
自分を受け入れたくても
吐物を食べている自分を
思い出しただけで・・・・・・
気分が悪くなります
過去は過去!!
変えることはできないのです。
割り切るしかないですね(笑)
やっぱり私はACなのか
今こうしてブログを書いているだけでも
怒りの感情と辛かった思い出が
ふつふつと沸いてきます・・・
でも、今現在私は結婚し、娘がいます。
とても幸せな家庭です。
育児にはそれなりに悩みもあります(笑)
一番心配なのは娘が私みたいな
人生を歩んでほしくないそんなことが
心にあります。
実際私は娘が生まれて3年間・・・
娘への愛情は十分ではないかもしれません
しかし、精一杯愛しているつもりです。
時には叱るし喧嘩もするし・・・
でも、娘は今のところ
笑顔も多い、かなり活発な
甘えん坊に育っています(笑)
構ってあげられない時もあるけど
その分主人がフォローしてくれます
子煩悩な主人で本当に良かった
だから、過去はすごく辛かったけど
今はすごく幸せだよ
私の中のインナーチャイルドは
まだきっと完全ではないけど
習い事してた時
私はあほですと自分に言い聞かせてたような
あほではないよ。
本当にあほじゃないよ。
失敗もするけど
あの時の私のおかげで
今があるんだよって
言ってあげたいな。
辛かったね。
もお苦しまないでね。
助けてくれる人に巡り合えたよ。
無条件にあなたの娘は
あなたを愛しまくってますよ。
「ママ大好き」
娘がよく言ってくれる言葉。
すごく温かい言葉。
毎日言われてると
はいはい。ママも大好きよ
って流してしまう時もあるけど
本当にママはあなたが大好きよ
こんなに人から愛してもらえるなんて
あの時の私は思わなかったでしょう。