最近良く口にしている言葉は


「動ける鬱(うつ)」です。


 私は、30代の頃に燃え尽き動けくなった。

脳が正しく作動しなくなった。

ギリギリの気持ちで出勤し、恐れと罪悪感にまみれながら仕事をする振りをし、それでも残業し、休日出勤もし、仕事意外のときはほぼ横になっていた。


 視界は白黒となり、夜になると「駄目だ、このまま生きていては迷惑をかけるだけ、死にたい、

誰か私を殺して、事故でもいいし、病気でいい。」

と自分を責める思考で眠れなくなっていました。

 

 今もこうして生きていられるのは、

鬱病と診断されて、精神科病院に入院し疲れた脳を

徹底して休ませることができたからです。


 退院後も私は、ポンコツのままでした。

ポンコツのまま、出勤し、無事に家に帰ることだけを目標に踏ん張って来ました。


 時間をかけて、運動ができるようになり、冷静な

判断力が戻ってきて、以前のようにきちんと仕事も

できるようになり、その後も20年以上働き続けることができた。


 昨年春に早期退職をして、福祉の仕事をしながら

自分の目標に向けていろいろなことにチャレンジしています。


大きな組織に守られていた40年間に比べたら、

この1年半の方がよほど自分に向き合っている。

人間として大きく成長、成熟できているかも

知れない。


 成長は、成功とは逆で、今は何をやっていても

思いどおりにならない、期待していた結果も出せずに、何も達成できていない。


出来ていることは、諦めずにチャレンジを続けているってことだけです。


 今は、私の中では、辛い、苦しい、怒り、妬み、

悲しみ、寂しさ、虚しさなどの感情が沸き起こっている。

 きっと、抑え続けて来たものが、抑えきれずに

吹き出しているのでしょう。

まるでパンドラの箱が開いたようです。


 私の心は微妙なんだけど、身体は動くのです。

仕事も出来ているし、いろいろな交流会にも参加しています。


 だから、動ける鬱なのです。


動きながら、しっかりと自分に向き合っています。


 沈んでいるようにも見えけれど、レンジ状態なんです。いろいろな葛藤を抱えてながら、エネルギー充電中です。


 そして、このようなブログを書くことで、

コメントをつけてくださる方が現れる。


とても嬉しいし、とても感謝しています。


 感謝の気持ちを伝えてたくて、返信すると

私が言葉の使い方を間違えてしまい、悲しい

気持ちを誘ってしまうこともありました。


「触れられたくない核」は、

   「自分では触れることができなかった

深い深い核」だったのです。


誰かの些細なひとことに反応して大きく揺らぐこともあります。


しかし、フォロワーさんのコメントによって、救われてたり、大きく浮上できることだってあるのです。


 成長や成熟とは、周りの環境を変えることではないきちんと自分を見つめて、認め、受け止めて、

自分を愛し、自分が変わることなんです。


 そんなチャンスがあるのだから、私は死よりも生きることを選び続け、ブログも書き続けます。


 今日から2泊3日で埼玉へ旅行します。

私は、あまり元気でない自分を連れて、元気な振りして旅立ちます。

行って来まーす。帰ってきます。