アディクションからの回復には
いろいろな方法があっていいと思う。
12ステップの効果は認めているが、それだけが
万能ではない。
だから、私は当事者研究をやっています。
仲間とともに!
今の私にとって耳障りの悪い言葉は
「努力、我慢、辛抱、頑張って嫌なことに耐える
ことができたら回復できるよ」
この言葉は、何を根拠に誰が、誰に向かって言っているのだろう???
当事者は、この言葉を鵜呑みにして良いのだろうか??
アディクションという病気が発生したのは、
自分を殺して頑張ってきたからではないのか?
自分を助けて生かし続ける為に、アディクションが必要だったのではないか?
彼ら、そして私が失っているものは
自己効力感や自尊心
じゃないのか?
そうだとするならば、まずお伝えするのは
頑張らないこと
他人軸の生き方から
自分軸にスイッチすること。
わがままくらいでちょうど良い。
そして、自分の自由やわがままと、他人のそれとの折り合いの付け方を学んでいくこと。
ついでに、これまで散々邪険にしてきた神さまとの対話を試み折り合いを付けたり、こちらの負けを認めること。
無力を認めることと、自分は駄目人間であると
認識することとは全く違います。
アディクションという病気にかかっているとしても
当事者に本来備わっている価値は、損なってはいない。
思い出したり、取り戻すものは
自尊心や自己効力感
なのだと思うよ。
支援者としてこの業界で働いている私は、私の信じる神に誓って今は強く強く、こう思っています。
神よ
今の私は、謙虚さが足りませんか?
傲慢なのでしょうか?