私は自分が何ものであるか分からなかった。
なので、本の中に自分を探した。
知識がなく、環境に適応できないと
生き残れないと思っていた。
自分に自信がないので知識を求めた。
沢山の本を読むなかで、
共感する部分とそうでない部分がある。
共感する部分は、それが私の中に既にあったということだ。
また、昔読んだ本を今読み返してみると
新たに共感する部分もある。
それは、人生を過ごして来なければ
理解できなかったことでもある。
50才を過ぎた私は、演歌が心に沁みたり、黒澤監督の映画や古い映画に心震えることが多くなっている。
あぁ
生きているって素晴らしいことだとつくづく思う。
今は、読書に依存する自分を恥じることなく、愛読書家である自分が、自分の人生に彩りを添えくれていると誇らしく思います。
立派であるとの評価を求めません。
少し間抜けでちょうどいい。
きっと何ものにもなれないだろうけれど、
何ものにもならなくていい。
今現在を喜びながら生きていく。
これからも本と共に!
1月28日追記
私が読む本は、宗教や心理学関係が多い、
要は、今の自分では満足できていない
のです。
それもよし。
私は、自己啓発依存症です。
だらな何さ
何が悪い。と開き直っておきます。
2月25日追記
過去と他人は変えられない
と頭では知っているのですが、
他人に目覚めて欲しい、変わって欲しいと
願い、つい干渉しがちです。
他人に構ってもらいたい、私が知っていること、興味があることを私と同じくらいに
興味、感心を持ち実践して欲しいという欲望に無力です。
共依存症者は、依存症者に影響を受けて
お世話することに依存している存在であり、私も誰かに影響を与えているのです。
私の影響がプラスのストロークばかりなら
いいのだが、そうではなく他人を困らせているのではないかと心配になる時がある。