奇跡のコース(ACIM)とともに  -2ページ目

奇跡のコース(ACIM)とともに 

  奇跡のコース「A Course In Miracles」の学び、それを通しての日々の気づき、ホーリースピリットから受け取るメッセージなどをバンコクから発信しています

娘に「お母さんさ~ パパについ文句言っちゃうの、
どうしたらいいかなぁ?」と聞いてみた。

「文句ってなぁに?」と返ってきた。
日本語だから分からないのか?と思って
「complainのことだよ」と言ってみても
「わかんない」らしい。

いいなぁ
「文句」も「complain」も知らない世界に生きているのね。
どちらも知っているように思える彼女の行動を見る時
実は・・・わたしの心がそう見ているだけなのか???
すべては自分の心の投影なんだものね

週末、家族でカンボジアのシェムリアップを訪れました。
アンコールワット遺跡群が世界遺産に認定されている街です。


遺跡のこともだけど、それ以上に私の心には
カンボジアの過去のことばかりが浮かんでくるようになりました。
旅行から戻りネットで
その悲しく辛い過去を読みました

心にズーンと響く重苦しさ
どの人もその時代の生き残り
どちら側であったにせよ、関わっていない人はいない
歴史、と呼ぶにはまだまだ新しすぎる過去
今もなお、その影響は様々に続いている

この重苦しさを手放したい
怖がっている自分の思いを手放したい
そして「罪」を見て、責めようとしてしまう
その思いを手放したいとお願いしていました。

そして今日 レッスン259
「罪は存在しないということを思い出させてください」

あの人に罪を見ない。あの犯罪者に罪を見ない。あの自己に罪を見ない。
・・・そのように見わたしていく必要はありません。
ただ自分自身のことだけを見ていればよいのです。

私をゆるさない人はいない。私を受け入れない人はいない。(中略)
私が特別だと信じているのはわたしだけ。
神に調和している。ただそれだけ。わたしに罪はありません。

(レッスン259のヒントより)

「あの出来事」「あの人が」「自分の周りが」・・・
ではなく、「自分の心」
自分の心にだけ力がある。その心を訂正するだけ。
あとのことはホーリースピリットにお任せする。

そのことでどのように見え方が違ってくるのか
楽しみにして、心の筋トレに心を合せていきたいと思います。

こうしてわたしの中にあるカンボジアへの思いを
わたしが手放すことで変わるものがあるはず
そう信じて☆

しかし・・・最近、翌日のレッスンが、ああこういうことだったのね、と学ばせてくれるような内容のことが多いです!!!
ちゃんと必要なことは与えられているのですね。


どうしても、どうしても・・・
夫にいろいろと言ってしまう
夫にも「自分に「Yes」とだけ言って欲しいんだろ」
と言われてしまう始末・・・

夫や娘の行動が気になる
電気を消していないとか、
洗濯物を持ってきて籠に入れてないとか、
本当に日常の細かいことが気になる
いちいち言いたくなる・・・
(もちろんこれらは自分の中にある罪悪感を投影している状態でもあるのですが)

話しは少しそれますが、
マザーズコーチの講座では、自分のタイプを知ることができます。
相手や自分のタイプを知ることにより、コミュニケーションの役立てることができます。
タイプは4つあり「コントローラー」「サポーター」「プロモーター」「アナライザー」と4つのタイプがあるのですが、私はそこでも「コントローラータイプ」と判定されているのです・・・

昨日のワークで
この世のことは「してもしなくてもいい」「どちらでもいい」とありました。
(このことについてはまた後日書きますね^^)
その二つを呪文のように唱えながら(実際は「祈り」ですが 笑)
じゃない会公式ブログで読んだ西小山のレポートにも
「コントロール」の文字が踊っていました♪ 笑

その記事に私は
「コントロール」して自分の心を「愛」に訂正することに意識を向けること。それに時間を費やすこと。
とコメントしたのですが、その自分で書いた文章をしみじみと見ていると・・・

なんだ!コントロールしたいんだから、思う存分すればいいよね。
だって「自分の心」は「コントロール出来る」んだから!!!

こんなにシンプルなことに気づいたので、やってみます^^



じゃない会に参加くださっている皆さま
いつもありがとうございます。
初めてこちらに来てくださった方、いつもブログを読んでくださっている方、ありがとうございます!

これから公式ブログに載せているレポートをこちらにも掲載します。
会での学びを分かち合っていただけたら嬉しいです。
遠方だったり、時間的な理由で会に参加出来ない方も、ぜひコメント欄で分かち合いに参加してくださいね♪
ご質問などもお待ちしています^^!

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Cさん 子どもが生まれたことで、出逢いが増えて嬉しい反面、人とのつきあい方がわからなくて、疲れます。人から距離を置かれるのが怖くて、こうすると嫌われるんじゃないかと思い、自分を出せないことが重なるので疲れます。人と居ると、すごいエネルギーを消耗するので、家にいた方が楽だなって思います。


Dさん いろんなグループの人のところに、自分一人で入っていくわけで、わたしは仲良くしたいけど、相手はどう思っているのかは、わかりません。と言って、ガツガツ行くのもみっともない気がするし、丁寧に、いろんな人と仲良く付き合いたい気持ちはあるんですけど・・。

Gさん よそ者が、あとから来たような感じで、同じテンションじゃないというか・・。常にアウェイな感じがしています。

Cさん 何年経っても、常に転校生気分のままです。

Dさん “仲良くしていただいている“ という風に感じてしまいます。優しい人は、手を差し伸べてくれるけど、そうでもない人はそれなりだから、こちらから連絡していいのかどうか悩みます。無理してもらっているのだったら、申し訳ないし・・と思ってしまいます。

Eさん 人付き合いで疲れるのは、わかります。子どものために、いろんな人に会わせたいのだけど、結局、あまりうまく話せなくて、自分は本当に楽しめたのかな、と思います。

Fさん  新しい出逢いの場面は好きだけど、私も緊張するし、うまく話せなかったりします。

Bさん 子どもがいるからこその出逢いもいただいているとは思いながら、相手と違う部分に、違和感を感じたりして、わたしをわかって欲しい、というメッセージを、自分がすごく出している気がします。「子どものために」とは思っていても、実は自分が一番落ち着きたいんです。引っ越してすぐの時や、環境が変わった時などは、特にそう思います。

由美 いい親になろう、子どものために、出逢いを求めてあげなければいけない、などと考えますよね。でも、そうして出かけて行くことで、自分がいっぱいいっぱいになるのだったら、自分の中にある愛を出したいけれど、出せなかった心の叫びが、もやもやした気持ちとなっているのだと思うんです。その気持ちの奥には、人と繋がりたい、安心を分かち合いたいという思いがあるんだなと、感じました。

Cさん わかってもらえないな、というような、もやもやした気持ちになります。受け止めてもらえないと恐いから、自分を出さないで、疲れるという感じです。

由美 そうですよね、恐いですよね。わからないですものね。でも、そんな時に思い出して欲しいのは、そのように心が揺れる時は、本当の自分を忘れてしまっているということなんです。本当の私たちは、スピリットであり、光であり、愛そのものです。心の揺れに気づいて、本当の自分に戻して欲しいと、自分の心の訂正をすることを、心の筋トレと言っています。私たちの本当の姿を見せてくださいと、ホーリースピリットに、お願いしてみてください。
 Cさんのお話に、ここにいる全員が、「同じです。」と、深くうなずきましたよね。ということは、Cさんが出逢った方たちや、一緒にいる方たちも、みんな同じなんです。向こうも、一生懸命頑張っているかもしれません。でも、お互いに本当の姿を忘れてしまっていて、スピリットの周りに、もやもやとあるエゴの部分で、話しをしています。Cさんが、彼女たちの本当の姿を見たいと決めれば、その部分が見えてくるはずです。

Dさん 夫の変わり様が寂しいです。子どもがなかなかできない、という悩みを夫婦で共有して来て、あんなにいろんなことを話してきて、やっと授かったのに、急にわたしを見てくれなくなった気がします。私が娘のためにすることについて、あれはしたか、これはしたか、と攻撃的に言われている気がします。まるでわたしは、夫のために子どもを産んで、夫のためにこの子を育てているというように感じて、卑屈になっています。夫が私のほうを向いてくれていないと思ってしまい、今までは気にならなかったことも、許せなくなって、それがどんどん積もって、爆発しかけています。こっちがプイっとすると、向こうもそうするし、どんどん離れて行ってしまいそうな、嫌な感じになって行くのがわかるんですけど、自分の気持ちを伝えることも、諦めています。

由美  ここで大事なことは「自分はどうしたいのか」ですよね 目の前で起こっていることは、「そのままで本当にいいの?」という、本当の自分からのメッセージですよね。人それぞれの学びや考えがあるから、このままでも何とかやっていく、という選択もあります。でも何かしら乗り越えたいし、どうにかしたいと思っていらっしゃるのではありませんか?自分に余裕ができたら、などという理由を付けるのではなくて、本当のところを見つめてみませんか?そのもやもやした思いの向こうにあるものに、たどり着きたいかどうかは、自分で決めるしかないですよね。そして決めたのだったら、ご主人さまに期待しないで、気持ちを伝えてみませんか。相手はエゴの着ぐるみを着ていて、それを見てしまうと、腹立たしくもなるかもしれません。でもその着ぐるみの向こうにあるスピリットの部分に、自分のスピリットから、いろんな思いをつけ加えずに話します。思っていることを素直に言っていいんですよ。

Dさん 夫には私への気持ちがないと思っているから、さぐりさぐりの状態です。私が夫に、ちょっと歩み寄ろうかな、でもだめだろうなと思っていると、それがちゃんと返ってきます。夫の感触が悪いというか・・。

由美 相手から受ける感触は、自分の心の揺れを返してくれているだけです。もっと、ご自分の気持ちを見つめてもいいかもしれませんね。そうすると、いろんな思いが出てきますが、本当に、この思いが自分に取って必要かということですよね。相手ではないんですよ。相手は自分の思う通りに、自分の心の揺れを見せてくれているだけで、ステージの上の操り人形のようなものです。自分が変わらなければ、相手も絶対に変わりません。自分が彼らに役を押し付けているだけなのですから、そこをクリアーしなければ、相手を変えても、また何度でも課題はやってきます。

Dさん うんと先の不安も出てきます。

由美 将来を見るのも、過去を振り返るのも、エゴでしかないですよね。時間は今しかありません。今、心が変われば、未来は必ず変わります。

Hさん 息子が赤ちゃんを叩くなど、悪いことばかりします。一緒にいても、速く時間が過ぎないかなと思ってしまいます。今もここに息子がいたら、あんないたずらするだろうなとか、他のお子さんと見比べています。食事のことなどで、自分がちゃんとできていないというような罪悪感があります。子どもといる時間を、もっと穏やかに過ごしたいです。自分に余裕のある時は、彼もあまり悪いことをしない気はしますが。

由美 お母さんの不安な気持ちを、彼は一番感じていますよね。子どもは、親を選んで100%信頼して生まれてきてくれています。何か自分がしたことで、罪悪感を感じてしまうのだとしたら、それは全く必要がありません。罪悪感を握りしめて、恐れを持っているからこそ、それを見せてもらうことになります。目の前のステージの上で、物語を作り上げているのは自分です。息子さんの様子を見て心が揺れたら、また自分の物語を始めているということですね。だからステージから降りようと決めることですね。息子さんに、そのような役を負わせる必要はないし、自分の不安を見せてくれなくても大丈夫だよと、揺れる自分の軸を、安定させることですよね。

Hさん 赤ちゃんを叩く彼の顔は、険しい顔をしていて、嫌だなと思います。

由美 そうですよね。でも、彼の本当の姿は、私たちも同じ、スピリットですよね。それを見たい、体験させてくださいと、お願いしてくださいね。してはいけないことをしてしまう時は、ちゃんと、スピリットでスピリットの部分に話してあげてください。息子さんが、赤ちゃんを叩かなくなったら、それで心が平安かと言えば、そうではないと思います。わたしも、子どもをコントロールすることで、心の平安を得ようとしていました。でも、目の前の現象に一喜一憂するのではなく、本当に何を見たいのか、その自分の心を決めて変えることしか、することはないと今は思っています。

Aさん 皆さんのお話を聴いていて、分かち合えてこそ、見えてくるものがあるんだな、もともとの部分は繋がっているんだな、と感じました。


アナ雪の大ヒットでみんなが口にしている(た?でしょうか?)
Let it go~  手放す

最近、ずっと昔のことをようやく手放せた、
という体験をしました。

そのことがそんなに私の心の中でうずいていたなんて
自分でもびっくりだったのですが、
手放せたあとは、驚くほどにすっきり♪
しました。

週末に夫を置いて出かけること
娘も夫も私の買い物にはついてきたくはないので、
そういった「置き去り」はよくあるのですが、
自分だけの理由で週末に出かける必要がある時に
いつも口ぐせのように
「夫がいるので」とか「夫に聞いてみないと」と言っていました。

その言葉をたびたび聞かされていた知人に
「なにかあるんじゃないの?」と言われたことで、
私も何かあるのかもと思い始めたのです。

それでコースのワークの間に祈っていた時に
昔、前夫を置いて出かけた時のことを思い出しました。
その記憶は最近でも時々思い出されていて、思い出すたびに
「ひどいことをした」「なんてかわいそうな思いをさせてしまったんだろう」と私の心をぎゅぅぅぅぅぅ~っっっっと
わしづかみにされるような痛みを覚えていました。

それを思い出した瞬間!
あっけなく、そのときのことは水に流れ、
今の夫を置いて出かけることも、違う気持ちでとらえられたのです。

もう十数年も前のこと
彼は幸せに暮らしているのです。
なのに、私の中でいまだに何度も、悲しい思いをさせられていたのだから、そのほうがかわいそうな話しですよね・・・

心にもやもやを感じる時は、意外な思いが「気づいて欲しい」と
メッセージを送ってきているのかもしれません。

静かに心を見つめて、その思いに気づいてあげる。
気づいてあげれば、みんなが解放されます。
試してみませんか?