ACIDICNOTE
なぜ"酸"は、pHが命なのか
Ingredient Research for Skin
前回、肌の酸性膜(acid mantle)の話をした。肌の表面が、ほんのわずかに酸性——pH 4.5〜5.5。あの弱酸性の膜こそが、肌を守る最初の砦だという話だった。
今日はその続き。守りの酸性膜から、今度は"攻め"の酸——スキンケアに配合される酸の話に進みたい。そしてここに、フィルザフレームというブランドが、なぜ「濃度」ではなく「設計」を語り続けるのか、その核心がある。
少し化学の話になる。だが、ここを越えると「成分表の読み方」が永久に変わる。最後まで付き合ってほしい。
▎酸には「2つの顔」がある
水に溶けた酸は、つねに2つの形のあいだを行き来している。
ひとつは、水素イオン(H⁺)をまだ手放していない形——遊離酸(free acid/HA)。
もうひとつは、H⁺を手放してイオンになった形——塩(えん/A⁻)。
そして肌に効くのは、前者——遊離酸のほうだけだ。塩の形になった酸は、いわば"眠っている"。角層を通り抜けて働く力を、ほとんど持たない。
同じ分子が、同じ瓶の中に、効く顔と眠る顔の両方で存在している。問題は、その比率だ。
▎その比率を決めるのが、pH
遊離酸と塩の割合は、たったひとつの数字で決まる。pHだ。
pH = pKa + log( [塩 A⁻] / [遊離酸 HA] )
それぞれの酸には、pKaという固有の数字がある。その酸が「ちょうど半分眠る」境目の数字だと思えばいい。
・サリチル酸:pKa 約3.0
・グリコール酸:pKa 約3.8
・アゼライン酸:pKa 約4.6
pHがpKaと同じとき、遊離酸はちょうど半分(50%)。
pHがpKaより低いほど、遊離酸が増える——よく効く。
pHがpKaより高いほど、塩が増える——眠ってしまう。
▎実際に、計算してみる
抽象的な話に聞こえるなら、数字を入れてみよう。遊離酸の割合は、こう求められる。
遊離酸の割合 = 1 / ( 1 + 10(pH − pKa) )
グリコール酸(pKa 3.83)で、pHを変えて計算するとこうなる。
・pH 3.0 → 遊離酸 約87%
・pH 4.0 → 遊離酸 約40%
・pH 4.5 → 遊離酸 約18%
つまり同じ「グリコール酸10%」でも、実際に効いている遊離酸の量は——
pH 3.0 なら 約8.7%
pH 4.5 なら 約1.8%
同じラベル、同じ「10%」。なのに、効いている酸の量は約5倍違う。これがpHの正体だ。
▎「同じ10%」が、同じではない理由
ここまで来れば、もう分かるはずだ。
A:グリコール酸 10% / pH 3.0 → 効く遊離酸 約8.7%
B:グリコール酸 10% / pH 4.5 → 効く遊離酸 約1.8%
ラベルはどちらも「10%」。だが中身はまるで別物だ。極端に言えば、よく設計された5%が、雑に作られた10%を上回ることすらある。
濃度は、ラベルに書ける。
でもpHは、ラベルには書かれない。
——書かれない部分にこそ、本当の差がある。
▎強ければいい、ではない
では、pHを下げて遊離酸を100%に近づければいいのか。——違う。
遊離酸が多いほど効くが、同時に刺激も増える。そして前回話した酸性膜——肌本来のpH 4.5〜5.5——を強く揺さぶる。攻めすぎた酸は、守るべき膜そのものを壊しにかかる。ヒリつき、赤み、乾燥。それは「効いている」のではなく、「壊している」サインのことが多い。
だから本当の設計とは、「効く遊離酸」と「肌が耐えられる範囲」の、ぎりぎりの一点を狙う技術のことだ。濃度を盛ることではない。
▎だから、フォーミュレーターは"中和"する
ここで、設計者の仕事が出てくる。
原料の酸を、すべて遊離酸のまま瓶に放り込めば、刺激が強すぎる。そこで一部をあえて中和し、塩に変え、狙ったpHに着地させる。これを部分中和(partial neutralization)、そしてその安定を保つしくみを緩衝(buffer)という。
「何%入れるか」と同じくらい、「どこまで中和し、どのpHで安定させるか」が、効き目と優しさの両方を決める。配合表の数字の裏で、本当はこの調整に最も神経が使われている。フィルザフレームが「設計」という言葉を繰り返すのは、ここに最大の労力があるからだ。
▎では、私たちはどう選べばいいのか
消費者として、すべての製品のpHを測ることはできない。それでも、見抜く手がかりはある。
・「高濃度」という言葉だけで選ばない。濃度は、効き目の一部でしかない。
・pHを公開しているブランドは、自分の設計に自信がある証拠だ。
・「低刺激なのに、ちゃんと効く」を成立させている製品は、pHと中和をきちんと設計している可能性が高い。
・逆に、濃度だけを大きく見せて、pHにいっさい触れない製品——その沈黙が、答えのこともある。
▎フィルザフレームの設計思想
たとえば、フィルザフレームのLHA。LHAはpKaが約5.5と高い。これが何を意味するか——肌に近い穏やかなpHでも、ちゃんと遊離酸として働けるということだ。低pHで肌を攻めなくても機能する、よく考えられた酸である。pKaの高さを、そのまま"優しさ"に変換した設計だと言っていい。
サリチル酸4%も、同じ思想で組まれている。pKaが約3.0と低いぶん、どのpHでどれだけの遊離酸を残すか——その匙加減がすべてだ。攻める酸ほど、設計の精度が問われる。
そしてアゼライン酸15%は、少し事情が違う。これは単純な"剥がす酸"ではなく、酵素への働きかけや皮膚常在菌への作用が主役の成分だ。だからpHによる遊離酸の話だけでは語りきれない。同じ「酸」でも、効くしくみが違えば、設計の勘所も違う。アゼライン酸をどう設計しているかは、それだけで一本の記事になる——いずれ書きたい。
共通しているのは一点だけ。フィルザフレームが見ているのは、「何%入れたか」ではない。「その%が、そのpHで、どれだけ意味を持つか」——つねにそちらだ。
濃度は派手だ。広告に書きやすい。だがフィルザフレームは、ラベルに書けない部分——pH、遊離酸、緩衝、そして肌の回復——にこそ、いちばん時間をかけている。
▎だから、Formula First.
この世に「悪い肌」はない。ただ、満たされていく途中の肌があるだけだ。
その途中を支えるのは、濃度という名声ではなく、設計という誠実さだと、フィルザフレームは考えている。次に成分表を見るとき、濃度の数字の隣に、見えないpHがあることを思い出してほしい。
Formula First. Fame Second.
——フィルザフレームが、これからも変えないこと。
参考:Henderson-Hasselbalch の酸塩基平衡式/化粧品におけるAHA・BHAの遊離酸(free acid value)とpHの関係に関する一般的知見。本文中のpKa値および遊離酸の割合は代表的な文献値に基づく計算例であり、実際の製剤では配合系・緩衝条件により変動する。
※本記事は成分に関する一般的な情報であり、特定の製品の効果・効能を保証するものではない。
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