妊娠すると、肌は思わぬ変化を見せる。

 

顔の中心に、じわりと浮かぶ茶色いシミ。
 

いわゆる「肝斑(かんぱん)」だ。

 

ホルモンの揺らぎが引き金となり、妊婦の50〜70%が何らかの色素沈着を経験すると言われている。

 

そのタイミングで手が伸びるのが、トラネキサム酸(以下TXA)入りのセラム。

 

「使いたいけれど、妊娠中でも大丈夫?」
 

この問いに、正直に向き合ってみたい。


▎ 前提の整理

「TXAは妊娠中に禁忌」という情報を見かけることがある。
ただしそれは、経口投与——つまり「飲み薬」としてのTXAの話だ。

TXAはもともと止血剤として開発された薬成分で、外科手術や産婦人科領域で経口・静脈投与されてきた経緯がある。この場合、薬が血中に入るため、血栓リスクへの理論的な懸念が生じる。

 

英国催奇形性情報サービス(UKTIS)は、妊娠中の経口TXA使用に関するモノグラフで、「理論的な血栓リスクへの懸念は存在するが、統計的にそれを支持するエビデンスは現時点では限定的」と、慎重な表現をとっている。

UKTIS, "Use of Tranexamic Acid in Pregnancy," Monograph

 

一方、私たちが日常的に使うのは局所塗布——外用セラムだ。
経口投与とは、仕組みが根本的に異なる。


▎ 経皮吸収率について

外用TXAが「吸収されにくい」と考えられる理由は、その分子の性質にある。

TXAは水溶性の高い合成アミノ酸誘導体だ。皮膚の表面にはセラミドや脂肪酸で構成された脂質バリアがある。水になじみやすい分子は、この油性の壁を通過しにくい。

2025年にPMCに掲載された研究では、Confocal Raman Spectroscopy(共焦点ラマン分光法)を用いてTXA水溶液の皮膚内浸透を実測。通常処方のTXAは皮膚深部への浸透量が限定的であることが示されている。浸透増強技術を使った特殊処方でも、通常比2〜3倍程度にとどまるというデータだ。

Evaluation of the In Vivo Skin Penetration of TXVector by Confocal Raman Spectroscopy, PMC, 2025

つまり、一般的な化粧品処方においてTXAが全身循環に大量に到達する可能性は、理論的にも実測的にも低い。


▎ 研究データが語ること

では、妊娠中の局所使用に関してどんなデータがあるのか。

正直に言う。大規模な臨床試験は、まだない。

妊娠中の外用TXA使用に特化したRCT(ランダム化比較試験)は、現時点では実施されていない。これが「データ不足」という表現につながる。

2023年にPMCに掲載された皮膚科領域のTXA総説論文では、外用TXAは3〜5%濃度において有効性と良好な忍容性が確認されており、メラノサイトとケラチノサイト間のプラスミン経路を遮断することでメラニン合成を穏やかに抑制すると説明されている。妊娠中に特定した有害報告は、現時点では確認されていない。

Ayer A et al., "The Use of Tranexamic Acid in Dermatology," Acta Dermatovenerologica / PMC, 2023

複数の皮膚科専門情報では、外用TXAを妊娠中の「Category B成分」として位置づけている。動物実験でリスクは確認されておらず、ヒト向けの十分なデータはないが、懸念を示すエビデンスも現状では存在しない——という分類だ。

同じCategory Bに属するアゼライン酸は、妊娠中の色素沈着ケアとして皮膚科医が積極的に推奨する成分の一つでもある。


▎ 結論として

外用TXAが妊娠中に明確な問題を引き起こすというエビデンスは、現時点では存在しない。

 

でも、「安全と断言できる」だけのデータも、まだ揃っていない。

 

妊娠中の肌は、いつもより敏感だ。スキンケアの判断は「成分の安全性」だけではなく、体の状態、抱えているリスク、心理的な安心感も含めて行われるべきものだと思っている。

 

もし使用を検討しているなら——まず主治医か皮膚科医に相談してほしい。

 

この記事はあくまで情報整理の一助として書いたものだ。

 

あなたと赤ちゃんにとって、最も安心できる選択を。


【参考文献】
・ UKTIS, "Use of Tranexamic Acid in Pregnancy," Monograph(英国催奇形性情報サービス)
・ Evaluation of the In Vivo Skin Penetration of TXVector by Confocal Raman Spectroscopy, PMC, 2025
・ Ayer A et al., "The Use of Tranexamic Acid in Dermatology," Acta Dermatovenerologica / PMC, 2023

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AcidicNote — Ingredient Research for Skin