ちっちゃい飛行機に乗って飛び出した。

さすがに揺れた。
機内サービスができずにもうしわけありませんでしたとのCAのアナウンス。そのくらい揺れた。墜ちるかと思ったわ!


その機内から外を眺めていた。

曇り空から青空の隙間が見え、人家が見られる。

止まっている。

日が差してクリアな風景が静を強調する。


でも、こっちは墜ちるかと思うほど動いている。


止まった地面に立ち、空を眺める。

雲は動いている。
穏やかに。


地球にとっては穏やかさだが人間にとっては太刀打ちできない穏やかさだな。

何のテレビ番組だったんだろう。

出張の移動中のテレビだった。


和菓子職人が、友人の尺八奏者の演奏会に出すお菓子としてその要望を聞いていた。


どうやら、秋の風の音が聞こえるようなお菓子を作ってほしいらしい。



どうやって目に見えない風、しかも音を、形のあるお菓子に表現するのか。



完成したものは頼んだ友人は希望通りで満足していた。


でも俺の期待には・・・。



ただし、俺の頭の中にはその想像はできなかった。

一口で食べれる和菓子にそれを表現するのは、絵画に表現するよりも難しい、というかなじみがないだろう。

だからおれの想像には絵画の想像を元にしたものしかなかったのだろう。



出張の合間に美術館に行った。


河井寛次郎展をやっていた。


acidcubeのブログ
ーすべてのものは自分の表現



いつもは陶芸よりも絵画だったので、陶芸が展示されていても素通りだった。


でも和菓子の番組から、ちょっと見てみようかなと思って。



なかなか、趣深かった。


形、色合い、模様。これらで自分を表現する。



自分を表現だから、水が流れるごとく変わる自分のその時代、その時を表現する。



これって、終わりがない。

自分を表現していくから、ただの花瓶じゃなくて芸術。花をいけるためでないので、それだけで存在感がある。



おもしろかった。


同窓会か・・・


やめとこう。



同級生に何年会ってないだろうか。10年は会ってないか・・・



懐かしく、久しぶりに会いたいと思う同級生はいる。

それ以上にどういう面をして会えばいいかわからない場合に一歩引いてしまう。

そのような同級生はごくわずかにすぎないのだが、そのごくわずかがとてもネックとなり、行きたい気持ちを閉じ込めてしまう。


マイナス思考



ネックとなるのは、当時付き合っていた彼女と会うこと。


別に悪い思い出ではなかった。いいこともたくさんあったはず。



なんでだろうか。今振り返ると自分自身の考え、行動、言動がとてもはずかしい。その時には精いっぱい格好つけていたんだろうけど、今バブル期の「イケイケ」の男女をテレビで見るのがはずかしいような、そのような感情である。彼らはブイブイ粋がっていたはず。


ビデオカメラにうつる自分自身を見てしまって、その姿勢の悪さに幻滅。自分の言動に恥ずかしさと、言葉足らずのあほさ加減をいやというほど思い知る。それが、何かの折に走馬灯のように思い出すことがあって、はずかしい。


断片だけをとってそこで嫌になる。それをどうこうしようと反省もすることもなく。小さいことをウジウジ考えているんでしょうね。


まったく大人になっていないのだろう。



それこそはずかしい。



参加してみようかな・・・