生きるということを、結構若い時から身近に感じてます。
一つ下の妹が自転車に乗っていて、交差点を飛び出し車にひかれたり、
従妹が乗っていた車に、赤信号で突進してきた車がいたり、
母が横断していた道路に車が突っ込んできたりと・・・
3者ともものすごい大手術や、闘病なんかをしてきました。
でも、ぎりぎりのところから奇跡的に生きています。
身近な人が死ぬという最初の経験は、最近のことで・・・・
私の祖父が83歳で他界した時でしょうか。
老衰と言える年齢になっていたんだけど、
祖父が他界した時、わたしは一緒に生きていた時間に対して、
ありがとうという気持ちと、同じくらいのごめんねの気持ちを抱えました。
生きていてくれてありがとうって思っていた奇跡的な生還を見ていたのにも
かかわらず、みじかすぎる人の老いていく時間に対して、
100%以上のありがとうを言えていなかった自分に、
ものすごく後悔をしました。
こんなわたしですが、自分に負けていた時期もあります。
負けていたと言う言葉が適した言葉かと?聞かれると、違うと思うんだが。
「生きる」を放棄しようとした時がある。。。。
今、ここに生きてるのは、自分を探し出せるタイミングが間に合ったから。
いろんな偶然と必然が起きたことで、生かされているし、生きている。
自ら命をたつ決断は、自分で決める事・・・
その瞬間は、誰にも決める事は出来ないってことも知ってます。
でも、今のわたしは、そういう死を抑制したいと思っている。
明日、私の人生に種をまいてくれた方が、違う世界に旅立ちます。
あの時、出会えた人たちにわたしは救われています。
あなたを救えなかった今が悔やまれます。
会えていなかった時間の経過は、後悔を生みます。
でも、その後悔に負けない心をあなかたから教わっています。
あなたが残していくご家族に、笑顔が早く生まれることを望んでいます。
合掌