最近はいかに相手の話を集中して聞けるかということを意識します。
普通、話を聞いているときというのは
人は自分の興味のある範囲の話しか聞かないものです
例えば講演の話を聞くときにも
何かしら自分の興味のあるもの
例えばリハ職でいうのであれば
自分の手技の思考に使えそうとか思うと反応したり
それ以外のパートは興味関心がなく聞き逃したり
何か自分の気づきに没頭していたり
今この瞬間に相手の話を聞くのではなく
相手の喋った単語の意味がわからなくて
そこに置いていかれたり
自分の考えや妄想の中に入ったり
ついつい考えのおさんぽをしてしまいやすいです
最近はその考えの出る仕組みをリセットするイメージが明確にわかってきたので
だいぶそういう考えを制圧できるようになってきたのですが、
そんな自分の気づきを得ながら今までを振り返ってみると
今まで自分がコミュニケーションをとってきた方々に対して
ちゃんと相手の話を聞けたなと思う人はほとんどいなかったな
と感じています
相手の話を聞いていて
妄想が出たりとか、勝手に自分の答えと照らし合わせてたりとか
そーいう方、「今この瞬間」にいませんよ
僕はめちゃくちゃやっていました笑
この反応を掴むことになれてくると本当にめちゃくちゃ繰り返している
こういった「考え」や「感情」何かしらの反応が出ることを
心の反応した結果だと捉えると
心が反応するスピードというのはめちゃくちゃ早い
武道でもこれが起こるなら
その瞬間に待つのは死だなーと感じました
たかが「考え」の出ることが、コミュニケーションだけでなく
運動やパフォーマンス、セラピストでいうなら施術、
その一瞬の考えの蓄積が人生を作るとしたら
人生とも
切ってもきれないなって感じています。
あなたは今ここに集中した生き方ができていますか?
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人生を空間の移動のように変化や成長を考えるとしたら
水平的な成長
垂直的な成長がある
ある特定の視野の高さをもって
その見える範囲の能力を高めたりすることは
水平的な範囲に意識を拡大している
それに対して垂直的な成長は
自らの視野を高めて全体を観察すること
物事の見える高さが変わることで、判断の質が変化をしてくる
ある次元では問題と思っていたことも
ある高さでは問題になったり
ある高さで善いと思っていたことも
ある高さからみたら問題を引き起こすことがある
こういった話をするときによく引き合いに出すのは
視点の高さは3次元的な高さで表現をすることがイメージしやすい
例えをいうと、高いところからみると全体が見えるでしょ的な。
が、しかしこれは私たちが普段3次元空間の中で生活をしているからで
そこから見ることが当たり前になっているからそのようなイメージが伝達しやすい
実は3次元的な視野だけでは限界がある
なぜならば、人間の3次元感覚は有限であるから
高いところからみるときに360の視野はない
見える範囲の中でも、人が取れる波動の範囲に限界がある
物事を正しく観察するためには
有限であることの用途、機能がわかり
全体をイメージ可能にすること
有限と無限の関係性を説明するイメージを活用することで可能になる
全体ってなんなのか?
どこまでを切り取って全体っていうの?
全身治療ってどこまでが全身なの?
考えてみよう!
水平的な成長
垂直的な成長がある
ある特定の視野の高さをもって
その見える範囲の能力を高めたりすることは
水平的な範囲に意識を拡大している
それに対して垂直的な成長は
自らの視野を高めて全体を観察すること
物事の見える高さが変わることで、判断の質が変化をしてくる
ある次元では問題と思っていたことも
ある高さでは問題になったり
ある高さで善いと思っていたことも
ある高さからみたら問題を引き起こすことがある
こういった話をするときによく引き合いに出すのは
視点の高さは3次元的な高さで表現をすることがイメージしやすい
例えをいうと、高いところからみると全体が見えるでしょ的な。
が、しかしこれは私たちが普段3次元空間の中で生活をしているからで
そこから見ることが当たり前になっているからそのようなイメージが伝達しやすい
実は3次元的な視野だけでは限界がある
なぜならば、人間の3次元感覚は有限であるから
高いところからみるときに360の視野はない
見える範囲の中でも、人が取れる波動の範囲に限界がある
物事を正しく観察するためには
有限であることの用途、機能がわかり
全体をイメージ可能にすること
有限と無限の関係性を説明するイメージを活用することで可能になる
全体ってなんなのか?
どこまでを切り取って全体っていうの?
全身治療ってどこまでが全身なの?
考えてみよう!
先日のとある会話の中で出た言葉
私たちは何かを変化をしようとするときに
方法論を学ぶ
解決したい何かがあって
どうにかその解決策、答えを求めようとする
先日、とある会話の中で
「どんな自分になりたいですか?」
という質問があった。
その問題意識をもつ自分、
その解決策をもつ自分、
どんな自分であるかで、
その道具の使う範囲も限定される
道具は道具であり、
その精度を高める必要はあると思うけど、
その道具を使う自分はどんな自分であるのか?
気がつかないうちに、道具が使える自分を自己と同一視してしまいやすい
使えない自分を無意識に×をつけたり、凹んだりしてしまう
PTでいうなら、治療やリハビリは道具であり、
治療ができるかどうかを凹んだり喜んだりするモチベーションにする人がいるけど、
僕は治療はあくまで道具と考える。
いつの間にか、
道具が目的化、自己同一化し、治療で変化を起こせることが自分のモチベーションを高める道具になりやすい。
相手を助けるための道具が、
自分を守るためとか、気づかないうちに自分を見せつける武器になりやすい
今ある課題や問題意識がどんな自分だから出てくるのか
その道具が使える範囲はどこまでにあるのか
自分というイメージをなくしたところから
学びが始まる。。
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私たちは何かを変化をしようとするときに
方法論を学ぶ
解決したい何かがあって
どうにかその解決策、答えを求めようとする
先日、とある会話の中で
「どんな自分になりたいですか?」
という質問があった。
その問題意識をもつ自分、
その解決策をもつ自分、
どんな自分であるかで、
その道具の使う範囲も限定される
道具は道具であり、
その精度を高める必要はあると思うけど、
その道具を使う自分はどんな自分であるのか?
気がつかないうちに、道具が使える自分を自己と同一視してしまいやすい
使えない自分を無意識に×をつけたり、凹んだりしてしまう
PTでいうなら、治療やリハビリは道具であり、
治療ができるかどうかを凹んだり喜んだりするモチベーションにする人がいるけど、
僕は治療はあくまで道具と考える。
いつの間にか、
道具が目的化、自己同一化し、治療で変化を起こせることが自分のモチベーションを高める道具になりやすい。
相手を助けるための道具が、
自分を守るためとか、気づかないうちに自分を見せつける武器になりやすい
今ある課題や問題意識がどんな自分だから出てくるのか
その道具が使える範囲はどこまでにあるのか
自分というイメージをなくしたところから
学びが始まる。。
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