よいと言われることを貫けない弊害 | 堀江直樹の無限上達への道のり

おはようございます!



本日も雑感を。。



今回は前回の記事の続き、みたいな感じです。



前回の記事は○○がよいからそれをやりさえすればよい!



ということの弊害について考えます。




でも、



難しい問題がありまして、



物事を学ぶためには守破離の原則があるということです。



なので、あっちもいいかなこっちもいいかなというのでは、



なかなか身にならないということです。




これは僕自身もよく当てはまることなのですが、



自分の状態が不安になったとき、



何かにすがりたくなるものです。




分別智といって、仏教の教えでは浅はかな知恵で何かの因果を掴みそれを理解した気になる…



物事の本質は至極シンプルで、複雑なんだと思います。



…はい、嘘です。。最近は本質ってものがよくわからなくなりました(笑)



いや、ちょっと前まではこんなものかなってあったんですが、



なんかこの文章を書いていてパッと言葉が出てきません。



話が脱線しましたが、



物事を上達していくためにはよい師匠に出会うことは大切だと思います。



実際に目標設定をする場合は、




この人のようになりたい、というところからスタートするとやりやすいです。




これはある一部分でもよいので(例えば人間性ではこの人、治療ではこの人)




誰かをまねる、またはしっかりと教えをこうというのは大切だと思います。



ここで難しいのは、その師匠のもとにいるだけでは、



絶対にその先生を越えることは出来ないということです。




何故かというと、




その先生の教えというものは、




その先生の認識により描き出された世界観を記述したものであり、




自分のもつ世界の描き方とは異なる可能性が高いということ。。




なので、自身の中で世界観をしっかりと作り上げていく必要があります。




本当にその学んだことが、実践していることが効果があるのか、しっかりと検証をしなくてはいけません!




ただ、ここに難しいのは、運動でも新しいフォームなどにしたら調子が落ちたりするように、




新しい概念、要素に変えたりすると一時的に効果が出なくなったりします。。




そうすると、自分の変化が正しいのかどうか不安になるわけです。




短期的な効果を望むのか、それとも長期的で大きな効果を望むのか、、





本当に上達するためには、負け続ける覚悟が必要とも言われます。





恐らく、両者の視点が大事で、




根気が大事だと思います。




ただ、将来像は常に大きく持っていたいものです。















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