今日は皆さんに

報告があります。

山中敦史はプロサッカー選手を引退することを決めました。

残念ながらコロンビアのチームの契約することは出来ませんでした。

ここからは今までの経緯を書きました。







コロンビアに着いて

日本にいた時からコンタクトを取っていたコロンビアサッカー協会公認の代理人と会いCVやコスタリカの前チームの契約書と契約解除書を見せて今までの経緯を話しました。

代理人からは

「もし君が日本の高卒か大卒でプロ経験なしでコロンビアに来ていたら論外だけど、パラグアイ、ドミニカ共和国、コスタリカなどの中南米の1部、2部でプロの経験があるから君を助けることができるよ」と言われて


「左サイドバックが必要としているクラブがあるか、いくつかのクラブと話し合ってみるよ」と言い、2日後に連絡があって

「トゥルアにあるコルトゥルアが左サイドバックを補強ポイントにしていて練習参加出来ることになったからトゥルアに行ってこい」と言われてコルトゥルアに行きました。


そして1月下旬からコルトゥルアに約1カ月、練習生として参加しました。

最初はクラブハウスのジムでクラブのフィジカルトレーナーとフィジカルトレーニングがメインでアジリティーのトレーニングとジムの筋トレがメインでした。

その後グランドに出て30分完走とシャトルランがあってたくさん走りました。

徹底的に食事や体重の管理がされました。
練習参加して4日経った辺りから、全体練習に合流してボールを使った練習に参加できました。
当初練習参加は1週間の予定でしたが

監督に1週間目の練習後に聞くと

「まだ残れ。もう少しプレーが見たい」

と言われて

それがまた1週間

また1週間と続き
気づけば約1カ月練習参加してました。

ただ代理人とクラブの強化部とオーナーで話し合いがあり

コルトゥルアのsubー20の左サイドバックの選手がsubー20コロンビア代表に選出されて、その選手をトップチームに上げて、その選手とブラジル人の左サイドバックとベテランのセンターバック兼左サイドバックで前期リーグは戦うと決めらしく、これ以上左サイドバックは必要ないと言われたので、契約は見送られました。

まさか、よりによって同じポジションの選手がアンダーの代表に招集されるなんて、何てツイテないんだ…と思いました。当初コルトゥルアの練習参加期間は8日間だったのですが、8日経った後に、コルトゥルアの監督にもっとプレーを見たいと言われ続けて、結局4週間くらい参加できたんで、そろそろ契約できるんじゃないかと思った瞬間、こんな事が起きるので…マジかよって思いました。

その後はカリに戻り、2月〜5月まで代理人の知り合いのフィジカルコーチの元で自分と同じような所属チームがないプロの選手達と一緒にコンディション維持の為に練習していました。

その後ビザの関係上1度コロンビアを出て

エクアドルに1週間だけ滞在して、コロンビアに戻ってきました。

そして6月に代理人から連絡があり
「現時点で左サイドバックを補強ポイントとしているクラブがないから、もう少し少し待っていてくれ」と言われ

とりあえず国境近くの町のパストのジムでトレーナーと一緒にトレーニングをしていました。

トレーナーのおかげで体がだいぶん絞れて、今までで1番フィジカルコンディションが良かったです。

数日後に代理人から連絡があり
デポルティボ パストの練習に参加しました。

アトレティコ ナシオナルでコパ リベルタドーレスを優勝した経験のある選手もいれば

コロンビアの名門クラブのオンセ カルダスやアメリカ デ カリやデポルティボ カリでプレーしていた選手もいました。

コロンビアのA代表経験者も何人かいました。


自分はボランチでプレーする時は低い位置からボールを受けてビルドアップして展開したり、センターバックやサイドバックのカバーをしたりしました。

一様左サイドバックも出来ると言って、左サイドバックでのプレーを見てもらい

サイドバックでプレーする時はオーバーラップして数的優位を作ったり、センタリングをしたり、プレッシャーがなかったらミドルシュートを打ったりして積極的にアピールしました。


監督と練習後に監督と話と
「良いセンタリングか出来るし、プレーも悪くない、でも左サイドバックは現在必要としてないし、それにボランチにブラジルの1部からウルグアイ人とアルゼンチンの1部からアルゼンチンのGKが来るだろうし外国人枠の問題もあるから、契約という話になるとここでプレーするのは正直に言うと難しいね…」

監督の言葉と表情を察する限り

おそらく自分は彼らの契約がダメだった時の

保険だったんです…

監督と話をした後、数日間は練習参加は出来ましたが


結局契約には至りませんでした。


その後はバランキージャに行きました。
バランキージャのメディアがコロンビアで挑戦する日本人選手がいると取り上げてくれて

バルデラマの古巣のジュニオール バランキージャが興味を示してくれましたが

コロンビア代表でロシアW杯のメンバーだった

左サイドバックのファリド ディアスの獲得を優先して交渉していたので

結局自分の件は具体的な話になることはありませんでした。

その後

代理人から「ベネズエラのクラブが左サイドバックと左サイドハーフを探しているけど、どうする?」

と言われましたが

さずに今のベネズエラの国の情勢が不安定なので

断りました。

絶対今の情勢のベネズエラに1人でカラカスに行ったら間違いなく荷物を盗まれるし、殺される可能性が高い。

しかもベネズエラのボリバル札はハイパーインフレで紙切れ同然で

ドル札を持っていたら警察に没収されるらしく

しかも自分の知り合いの日本人がベネズエラに2、3日ベネズエラに行っていたので

ベネズエラの情勢を聞くと

食料を入手することが困難で

サンドイッチが約2万円で売られてたらしい…

スーパーも品不足

夜になると人の気配が全然ないらしい

紛争地域の国を除くと1番危険な国

ウーゴ チャベスが大統領だった4、5年前で今の悲惨な情勢になる前のベネズエラだったら、普通に行ってましたが…

これはさすがにベネズエラに行くのを断念せざるを得なかったです。

そしてとうとうコロンビアの移籍期間が終わり

コロンビアでは最後までしつこく粘ってチャンスを探しましたが残念ながらクラブと契約出来ませんでした。

コロンビアではまだアジア人やアフリカ人、アラブ人選手に対する評価は高くなく、やはり外国人選手の獲得となるとアルゼンチン人、ウルグアイ人、パラグアイ人、チリ人、メキシコ人が優先され、そのほとんどが各国の1部リーグでプレーしている選手や元A代表経験者の選手です。

代理人が言っていたことも何となく分かる気がします。

たしかに高卒や大卒でプロ経験なしでコロンビアに来た日本選手と南米の1部でやっていて元A代表経験者のアルゼンチンやウルグアイ、チリ、パラグアイ、メキシコの選手だったら、クラブからしたらビジネス的にも南米の選手を獲得します。

自分の場合は中南米(パラグアイ、ドミニカ共和国、コスタリカ)の1部、2部でプレーしていたから、まだコロンビアのクラブに練習参加出来て良かったですけど…プレーしていなかったら、練習参加も出来なかったと思います。

結果的には残念な結果になりましたが


小さい頃からの夢だった

中南米でプロサッカー選手になることができ

パラグアイ、ドミニカ共和国、コスタリカでプレーして
短い期間でしたが好きなサッカーでお金を稼ぐことが出来ました。

自分に出来ることはやりきったんで

悔いはありません。

今まで自分を支えてくれた家族、応援してくれた人には心から感謝しています。

本当にありがとうございました。

第2の人生の歩む時が来ました。

まだ何をするのかは決めていませんが

2、3年後に再びコロンビアに戻って

何か仕事をしようと思います。

サッカーの代理人、日本語教師

通訳、日本食の料理人など…

色々考えています…

その為に1度日本に戻り

コロンビアに戻った時の為に

何か役に立つ仕事に就いて

1から学んでいきたいと思います。

コロンビアに来て色々な人に出会えて

友達の家族は自分を温かく家族のように迎えてくれて

国境を越えた家族が出来た感じでした。

言葉も文化も違う国でこれほど気に入った国はありません。

自分はコロンビア🇨🇴が大好きです!!!

コロンビアは自分にとって第2のふるさとです。