2022年9月24日(土)

 
(上五島の方言で洞窟をワンド、穴をメンドというそうです)

キリシタン洞窟に運んでくれる瀬渡し船は、桐古里郷にある深浦港から出港。
滞在する榎津郷から車で45分ほど。
 
キリシタン洞窟は断崖絶壁にあり陸路では上陸できないため、来島初日に瀬渡し船の祥福丸さんに予約を入れました。
折角の機会なので、上五島ふるさとガイドの会のガイドさんにキリシタン洞窟への同行を依頼。
歴史や当時の逸話などをわからぬまま上陸したのでは、適当に岩場を歩いて終わってしまうことが想像に難くなかったためです。
 

※訪れた場所の説明(青字)は新上五島町観光物産協会サイトのものです。

※教会の由緒などについて追記することがあります。

 

 

  キリシタン洞窟、ハリノメンド (14/30)

 

深浦港で船長さん、ガイドさんと待ち合わせ、祥福丸に乗船。

キリシタン洞窟までは船で片道10分強。

この日はお天気がよく海も割りと穏やか。

 

ガイドさんによれば、この9月にキリシタン洞窟を案内したのは私たちが2組目とのこと。

洞窟の見学を希望しても、天気や海況により船を出せない日が少なくないそう。

 

ハリノメンド

 

 
荒波の浸食によって出来た穴で、「ハリノメンド」と呼ばれています。
五島弁で穴のことを「メンズ」又は「メンド」と言い、“針の穴”という意味です。
この穴は、マリア様が幼子イエスを抱いている姿(聖母子像)のシルエットに見えることから注目を集めています。

 
ハリノメンドは地域の人には知られた場所ではありましたが、若松島出身のカメラマンにより「マリア像が幼子イエスを抱いているように見える」と紹介され、広く知られるようになったそうです。
また、満潮時はこの穴を船で通り抜けることができるそう。
 
続いて、キリシタン洞窟へ。
切り立った岩場にイエスキリスト像が立っています。
 

 

 

 

岩場に上陸後、ガイドさんについて洞窟の内部に進みます。

ガイドさんは私の母とほぼ同じ世代(70代)の女性。

足取りも軽く、大人よりも大きな岩を乗り越えていきます。

 

ガイドさんと夫

 

聖母マリアなどのイメージが嵌め込まれていた考えられる場所

 

 

禁教時代、迫害を逃れて船でこの洞窟にやってきて身を潜めた3家族12人は、数カ月たったある朝、煮炊きの煙がよその船に見つかり、掴まったそう。

拷問は、命は助かったものの歩行困難になるほどの過酷なものだったらしい。

明治6年に禁教令が解かれる直前の出来事だそうです。

 

ところで今回、祥福丸の船長さんに瀬渡しをお願いしたのには理由があります。
船長さんご自身が隠れキリシタンの帳方(ちょうかた)、つまり神父、指導者の9代目の方でいらっしゃるから。
この深浦の集落に当初、ご先祖のふたりが移住してて、その後、信徒が増えていったとのこと。
現在も代々先祖から受け継がれてきた隠れキリシタンとしての手法で、教会には通わず、信徒のために祈りを続けているそうです。
 
船長さんからは、shimania朝日新聞の取材記事にある話をはじめ、船長さんが帳方という重責を担うこととなった当初の話、そのほか驚くような話もいくつか伺いました。
いまも、たまに思い出しては、心の引出しに大切にしまってあります。
 
今回、船とガイドさんの予約を個人で行ったわけですが、船長さん、ガイドさん、ガイドの会の窓口の方の連携がしっかりしていているためでしょう、当日現地での進行も実にスムーズでありがたく思いました。
キリスト教の信徒でなくとも、私たちのように五島のキリスト信徒の歴史に興味のある方に、お勧めしたい場所です。
 
 
船長さんの奥様からいただいた手作りのキャンドル
五島つばきの形が何とも可愛らしい。
 
続く。