戦争と映画と父 | 小春Koharu ブログ

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入院中の母のもとへ洗濯物を届けると、そのまま真っ直ぐに家に戻る気にはなれず、寄り道してイオンシネマ太田に行ってきました。今日は大きなスクリーンで映画を見ることにしたのです。


クリント・イーストウッドの「アメリカン・スナイパー」を私はずっと見なくてはならないと思っていました。

心拍数は上がり、心臓がバクバクと音をたて、それはひどく衝撃的な映画でした。始終爆撃と銃撃の音は鳴り止みませんでした。唯一愛する家族とすごく時間だけはピアノの優しい単音のリズムが流れ、束の間のほっとする時間ではありましたが、かえってそれは悲しみを感じるのでした。ストーリの進行とともにピアノのメロディーは消え、代わりに激しい銃撃の乾いた音だけが鳴り響きます。それはまさに人を傷つける音以外のなにものでもありません。。

家に帰りつくまでの間、頭の中では銃撃音が鳴り止まず、いろんなことを考えていました。感傷に浸るというような易しいものでありません。クリント・イーストウッド監督がこの種の映画を制作することになった必然(あまりにあんちょこな言葉ですが)を考えていました。


私が子供の時に他界した父は、大正11年生まれで海軍でした。父が年をとってから私と妹は生まれたので、とても可愛がられました。躾には厳しくて怖い父でしたが、たくさんの愛情を受けました。父の優しい笑顔は今でもよく覚えています。私が小学校2~3年の頃のことだと思います。「戦争って怖い? もうやりたくない?」と一度だけ尋ねたことがありました。それに対して父からのちゃんとした返事は返ってこなかったように記憶しています。子供心に父は話したくないのだと思いました。それから私は二度と戦争について父に尋ねることはありませんでした。というより一緒に過ごす時間の方が短かったから機会もなかったのです。

父が戦場に赴いたかどうかはわかりません。海軍の制服を着て敬礼をしている若い父の古めかしい写真は今も記憶に残っています。