ここのところ、村上春樹さんの新刊の注目にあいまって
エルサレムでのスピーチの中で言われた
「物語の重要性」ですが、
どうも解釈がおかしいような気がするんです。
なので、身近な問題から、
社会的知性とメタ認知について書かれた
こちらの本にしたいと思います。
- 化粧する脳 (集英社新書 486G)/茂木 健一郎
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こういう表題ですが
見かけよりも中身を重要視してきた男性の方に
わかりやすいように
女性がお化粧をする心の持ちよう、
さらにはそれが自我に対して
どのような影響があるのか、
お化粧というのは実は
高度な社会的知性なのだということについて
詳しく述べられています。
自分の素顔と化粧をした顔、
他者の素顔と化粧をした顔を
見ている時の脳の活動を
測定し、比較した実験について
かかれている部分があります。
化粧をしている女性の脳の中では、
不特定多数の他者の脳をシュミレートしながら
自分の姿を照射するという、
かなり抽象的で高度な知的能力を駆使していることが
考えられる。
また、この構築された自分の姿というのは、
社会の中での「ソーシャルパスポート」または
「安全基地」となるのだそうです。
人間の本質(コンピューターとの違い)というのは
他者とコミュニケーションをとる社会的知性に
表れるものなのだそうです。
ではどうして、このような社会的知性のための
自己批評(自己評価)がなかなかうまくいかないのでしょうか?
夏目漱石は、絶対的な他者の存在が強固な
ヨーロッパ、イギリスに留学したことによって
神経衰弱になるのですが、そのなかで、
「自己本位」という考えにに行き着きます。
しかしながらこれについて著者は、
無知、利己主義、自己欺瞞が働かないことが
重要で、その中で鍛錬していくしかない。
自分の人生の中で本物をどれぐらい見てきたか、
美しいものにどのぐらい触れてきたか、
心を震わす真の体験をどれくらい積んだか
(↑もしかしたら真・行・草の真かもしれないです)
によって変わってくるのだと書いています。
また、一般に他者に一見合わせるのは
安易な同調であって
個性が生かせないのではないかと、
よく思われています。
それについては、小林秀雄の考え、
個を克服して普遍に至るという峻烈な自覚するのだと。
共感性を生かして他者を理解することの重要性ですが、
他者が理解できなければ、
共通する部分も、相違も理解できないこともあるのでしょう。
また、平凡であるところから、個を獲得するのは
非常に困難なことであることもあるのだろうなと思いました。
CGMの双方向性という部分について、
どうしてなかなかわからない人がいるのか
それについてはたまに理解しがたいのですが。
今日も見に来てくださりありがとうございました。
アメーバランキングでは(まだまだ下のほうですが)
段位が上がると奥義を覚えるんですね。
かわいいですね。
ありがとうございます。