ウォーホルがきらい | アッシェンバッハの彼岸から

ウォーホルがきらい

すきなものにはもちろん夢中になれるけれど、

それ以上に大っ嫌いなものに対しても、パワーが出るのがわたしなのだ。

喜びよりもむしろ怒りこそが、やる気の源になるのだ。仕事にしても、趣味にしても。

友人たちには、自虐的にもホドがあると、よく云われるのだが。

そんなわたしがいま、あまりに大っ嫌い過ぎて一時的に熱中しているのがアンディ・ウォーホル。

あの時代にポップアートてものを広めた、その功績はすばらしいよ。

憧れの'60年代って時代を象徴する人であることも確か。

作品もポップでおしゃれでかわいいしね。

でも、アンディ氏自身については、とにかくどんな本を読んでも、どんな映画を観ても、ますます嫌いになるばかり。

なんで嫌いかって?アーティストと云われてるけど、実際はアートよりか自己宣伝が得意だっただけのいかさま師にしか見えんからである。受身に見せかけて自己顕示欲の権化であるし、コピーやフェイクを作品にしたことが新しかっただけで、彼はなにひとつ生み出さず、ひたすら流用し続けただけだ。それもケミカルな大量生産品を。

変人なのはいいとして、自分のためには他人を平気で利用する男でもあり、売れるならなんでもシルクスクリーンにして金儲けの手段にするやり方は卑劣とか身勝手とか通り越して守銭奴でしかなく、そのきちがいじみたミーハーぶりも合わせて下品な成り上がりそのものだから。

アートやアーティストだけが偉いとは云わないけれど、ようするに嫌いなのよ。個人的に。

で、最近、氏が最低男であることをわたしに徹底的に証明したのがこの本↓



イーディ―’60年代のヒロイン
青山 南 中俣 真知子 堤 雅久
4480854681


永遠の憧れイーディが、奴に利用されるだけされてボロボロになってったのは知ってるが。

この春だったかな、お騒がせセレブって点だけは共通するシエナ・ミラーがイーディに扮した『ファクトリー・ガール』ももちろん観た。

ガイ・ピアースがあばた面メイクと「ふーむ」なんてオカマ口調を完コピして、かの成り上がりミーハー守銭奴を演じてて、その演技があまりにもすばらしいために観ていて相当にムカついた。

ディラン役のヘイデン・クリステンセンがハモニカ・ホルダーをつけて現れたのには笑ったけど。あの映画のディランの扱いもひどい。あれじゃただのいい加減なイケメンだ。

同時期に公開していた『アイム・ノット・ゼア』じゃイーディはディランを愚弄するファム・ファタルみたいな扱いだった。ちなみにこちらでイーディを演じてたのはミシェル・ウィリアムズ。ヒース・レジャーの元嫁である。確かに妖女だ。

話は戻るがシエナ・ミラーが真っ黒な眉とかコウモリの羽みたいな付け睫毛とか、ブロンドのショートヘアにしてみたとこころで、イーディ・セジウィックが持つ途方もない魅力の足許にも及ばない。いくら現代のファッショニスタと云われても。

それで『チャオ・マンハッタン!』を観ながら涙を流しているわたしなのだが(ちなみに泣くような場面のある映画ではまったくない。それどころかまともな映画ですらない)、いま何がいちばんの楽しみって、来週末から公開する『ルー・リード/ベルリン』だったりする。

これだけウォーホルが嫌いなのに、ヴェルヴェッツはすきなのだ。なんと調子のいい・・・。


そのアンディ・ウォーホル、実はジョン・レノンのアルバムジャケットを描きたくてたまらなかったらしい。

ところが待ち合わせのカフェに現れたジョンは、礼儀正しい英国青年だったもののアンディの提案には丸っきり興味を示さず、妻ヨーコに至っては全く打ち解けようともしなかったとか。

自身のアルバムを大量生産のシンボルで飾るだなんてこと、ジョンには冗談にしか聞こえなかったに違いない。