チウワイ!死んでもいい | アッシェンバッハの彼岸から

チウワイ!死んでもいい

燃え尽き症候群とゆうやつがある。

東大一直線のガリ勉くんが東大に受かったが最後、腑抜けになってしまうような。

真面目なサラリーマンが頑張りすぎて陥るような。

東大合格に匹敵する偉業などまったく成し遂げていないけれど、いまのわたしがそんな状況にある。

〆切を何本も抱えてるのにいっかな仕事が手につかない。

とゆうか、なんのために働いてるのかわからなくなってしまったのだ。


映画みたいな出来事って実際に起こるのだ。

というより、目の前の光景が映画みたいに見える瞬間というものがあるのだ。

きのう、都内の高級ホテルの廊下でわたしはそんな記念すべき瞬間を体験した。

王家衛ふうに云えば「そのとき君と僕との距離は何ミリ」とゆうことになるのかな。

ノートやらカメラやら抱えて廊下をばたばたと急ぐわたしの後ろからバリトンの広東語がふたりぶん聞こえて、ああ、振り返ったとき、すべての風景はスローモーションになり、あのひと、わたしが十数年のあいだ一方的に片思いを続けているあのひとがわたしに、未だに信じられないことだけれど、あの!すべてを溶かすような、あの笑みを向けてくださったのだ!!!!

その瞬間、『花様年華』のテーマソングがズンチャッチャズンチャッチャーと廊下いっぱいに(実際にはわたしの脳内いっぱいに)鳴り響き、あのひとの目からVFXのようにきらきら光るものが飛び出してわたしの心臓を串刺しにした。

わたしはマンガみたいに、左手を心臓に、右手で宙を掴んだまま静止し、動けなくなった。

スローモーションにVFX。これはまさにあのひとが映画スターであることの証であろう。


そもそもわたしが映画とゆうものに格別な感情を抱くようになったのは、十数年前の『欲望の翼』とゆう映画がきっかけ。そのすぐ後に『恋する惑星』で、いなくなった恋人をあの切ない目で愚直に思い続ける警察官の制服を着た彼、TLCWにわたしは夢中になった。あの映画は何度観たか覚えていない。

以来十数年。わたしがいまご飯を食べられているのも、彼との出会いがあったからと云ってもよいかもしれない。

スクリーン越しの出会いだけど。

そんなわけだからこうして運良くいまの仕事を手にしてからも、

「どんなにつらくてもTLCWに取材できるまでは絶対に辞めない」

がわたしの口癖になり、どんなドル箱ハリウッドスターに謁見してもほぼ何の感慨も抱けず、

「でもTLCWには叶わない」とばかり云っていた。

そして、そんなあのひとの1時間を借りることができる(by『2046』)という信じられないチャンスがめぐってきたのだ。

「目が合ったら即死する」

と信じたわたしは友人知人に「遺言」と称するメールを送って家を出た。


そうしてお目にかかったTLCWは、アジアを代表する実力派トップ俳優の位置に長らく君臨しながら、芸能人らしいギラギラしたオーラなど微塵も感じさせず、信じられないほど謙虚で物静かで笑みを絶やさず、決して相手に嫌な気持ちを抱かせないやり方で巧妙に個人的な話題を迂回しながら、また、丁寧すぎるくらいにどんな小さなことに対しても決して批判にならない言い回しで、こちらの質問に答えてくださった。

そして今回も相変わらず信じられないほど着てるものにセンスがないところがまた良いのだ。

流行を完全に無視したスタイルのジーンズは微妙に丈が足りないし、誰が選んだのかわからないようなうすら寒い水色のジャケットを着、日曜日のお父さんがはいてるみたいに野暮ったい型の、真夏なのにスエード素材の靴。最新流行のブランドものを着て街を徘徊してる中身のないバカどもに見せてやりたい。


「僕の原動力といえば、素晴らしい方々との出会いだよ。侯孝賢、王家衛、李安との出会いは特に」

と云ったあとですぐに

「いま3人の名前しか口にしなかったけれど、一緒に仕事をした映画監督はもちろんすべて素晴らしい才能を持った方々なんだよ」

と付け加える謙虚さ。

「これまで演じたさまざまな人物の中で、あなたご自身にいちばん近いとおもうのは?」

と訊くと、

「いろんな人物が少しずつ自分の中にいるんだ。例えばどこかでふと風を感じたとき、急にある映画で自分が演じたワンシーンをおもいだしてその人物になったような気がすることがある」

と応えた彼に、

「ならば今作で周瑜を演じたあなたの中には愛妻家の一面もあるわけですね」

と云おうとして顔を上げたわたしは、彼の静かで穏やかな佇まいと笑み、そしてあの眸とぶつかり、あまりの自分の下世話さを見透かされているような気がし、実際には数十センチしか離れていない彼とのあいだに果てしない距離を感じて口を噤んだ。ある意味、即死であった。


なんて云ってるわりに取材終了後のわたしは、彼が飲み残してったミネラルウォーターを

「あの~、コレ飲んでいいっすかあ?!てか持って帰っていいすかあ?」と云って周囲に「アホ!」と頭をはたかれるという、ただのアホなおばはんになっておりましたが。


そんなわけで腑抜けになっている今日。

今朝、「もうやり残したことはない。」などとほざいていたらキシダが、

「志が低いなあ君は」といってきゅっとネクタイを結び、「行って来ます」と玄関のドアを開けた。

このまま、気がついたら予想もしなかった姿に変身していたりして。

ならばチャオウェイ、あなたの部屋のインテリアの一部にわたしはなりたい(byミシェル・ゴンドリー『TOKYO!』)。

うーん、それでもやっぱりわたしには、思い残すことはもうない気がする。

広東語の勉強でもしようかしら。