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My-heartのブログ

AC(アダルトチルドレン)である私が形成された人生を綴っています。

自分の部屋に入るといつもほっとしていた。

父の目の届かない所にいると確信できる唯一の場所だったからかもしれない。

父は地元の消防団の救急隊員、つまり安定の公務員だ。

朝に出勤し、夜勤をして次の朝に帰ってくる。

だから父が朝仕事に出るとすごく嬉しかった。

そう自覚して感じたのはまだ私が幼稚園生の頃からだったと思う。

逆に夜勤明けの日は家に帰るのが嫌だった。

とても嫌だった。

だからなのかもしれない。

私は5歳の時ピアノを習い始めた。

ピアノを習いに行っている間は家に居なくて済む。

父に怒られることもない。

家にいてもピアノを練習している間は父を見なくていいし、話さなくても違和感がないから。

しばらくして父もピアノを習い始めた。

消防団の鼓笛隊にも所属している父は上達も早かった。

せっかく摑んだ私の安全テリトリーはすぐに犯され、自宅でのピアノ指導はもっぱら父だ。

私は上達も遅く、弾き方も下手だった為いつも下手だのこんな簡単な事が何故出来ないのかと責められた。
私はピアノを辞めたくなった。

でも言い出せず結局小学4年生くらいまでやっていた。

辞めた経緯については後に出てくる。
小さい頃から父親が怖かった。

いつ怒鳴り出すかとドキドキしていた。

だからなるべく怒らせないように良い子でいようと思った。

特に勉強が出来る訳でもない。運動神経も良くない。

でも聞き分けがよく、我が侭を言わない様、人に優しく父に優しく・・・

いつも父の顔色を見ていた。


『今日は機嫌悪そうだから余計なことは言わない様に』

『むしろ話しかけない様にした方がいい』


子供心に感じ、読み取り、対応を心掛けた。

しかし父はそんな時、逆に私が遠慮しているのを感じ取り


『なに怖がってんだ?そんなに俺が怖いのか?』


と詰め寄って来る。

だから私は笑ってこう答える。


『え~?なんで?怖くないよ?』えへへへ・・・


『じゃあなんで何も言わないんだ?なんなんだ?俺が怖いからだろ?怖いならそう言えよ?なぁ!?』


怒らせてしまう。

そしてお酒を飲みながら新聞紙で頭を叩く。

無表情からたまに鼻で笑い、静かに、でも威圧感たっぷりの声でそう問いかけてくる。


(泣いてはいけない。泣いたらもっと怒られる。)


『ごめんなさい。お父さん疲れてるみたいだったから』


『俺がそんな事いつ言った?俺のせいか?馬鹿にすんなよ!?親舐めてんのか?』


私がそんな渦中でも兄、弟、母は見て見ぬフリでご飯を食べ続ける。

私は誰にも守ってもらえなかった。

みんな自分を守るだけで精一杯なんだ。

自分は自分で守るしかないのだ。

ご飯の片付けが始まっても、私のお茶碗にはまだ箸付かずの白米が冷めていた。



マイハートと申します。

この度自身の人生を綴ったブログを書かせて頂きます。

一般的に言われるメンヘラ、欝、AC(アダルトチルドレン)等が苦手な方は

読まれない方が良いです。

このブログは知識やなにかを見せるものではなく

私という人間がどうやってACになったのかを綴っています。

なお、未だに自身でも全てをまとめ切れていないので更新が滞ることが

あると思いますがご了承下さい。

このブログを書く目的は、自身を把握する事とACという概念が

どれだけ辛いものなのかをもう少し一般的に広められたらという思いからです。

アダルトチルドレンという言葉はまだ医療的に病名として認められてはいませんが

現在世の中にある欝や適応障害の多くの根本の原因だと言われています。

その原因がどのような形で形成されていくのか・・・。

悩まれている方がいたら少しでも人生が楽しくなるように指南書として活用して頂ければ幸いです。

共感は大切な感情。それが嫌なことであればそうならないよう心掛けてみてください。

私は今とても辛いです。死にたいと思う人生は悲しいです。

どうかみなさん自分に自信を持って、自分の為に生きてください。

私も頑張ります。出来ることだけ頑張ります。