寄付について考える
いきなりタイトルと関係ないですが、今日はまたイー・ウーマン
の「藤沢久美流「経済勉強法」」というセミナーに行ってきて、これもまた非常に面白かったです。
できたら明日にでも感想書きたいと思います。
いや、ほんとに面白かったです。藤沢久美さんみたいな大人を目指したい!と思うくらい。
で、ようやくタイトルの寄付の話なんですけど。
こないだから、ほんの少しだけど寄付をしようかなーっていろいろ考えていたりします。
えー、あの、「金持ち父さん貧乏父さん」では、「収入の1/3を寄付しろ」って言ってた気がするんですが。
話を戻すと、収入の1/3を寄付するのはさすがに思い切れなかったというか、なんというか、まあこうじっくり自分の心の声に耳を傾けるとまあそれは自分にとってあまり自然でないなぁということで、もっとこう規模をぐっと小さく、自分のおこづかいの1/10をとりあえず寄付してみようかと思ったのでした。
……まああの、それくらいだったらね、よしじゃあここでコーヒーを一杯飲んで帰るのをがまんして(×数回)寄付しちゃうんだー、くらいの楽しい気持ちになれるわけです。……器ちいさいですか?きゅう。
今までもちょこっと寄付をしたことはあったんですが。んー、ユニセフにぽこっと、とか、がんの子供を守る会 にちょこっと、とか。(後者は以前このブログにも書いたような)
そのときにもね、けっこういろいろ考えたんです。
寄付をしようかな、って、どこに寄付したらいいんだろう?っていうようなことを。
実は、最初にユニセフに寄付したときは、ええい、とりあえずやっちゃえ、って寄付しました。それくらいしか思いつかなかったというか。そんで、なんにしてもまずやってみないと考えないやー、と思ってやっちゃったわけです。(なんか悪いことしたみたいですが、悪くはない)
そのあとで、ユニセフに寄付して、それで私はよかったのかな?って考えました。
(えー、あとになってから、黒柳徹子さんがうんにゃらかんにゃら、というような話もひととおり見たつもりですが、まあ、私はユニセフ自体はあちこち見た結果としてそういう意味ではわりと信用しているんですが、考えたのはそこじゃなくて。)
うーん、ひどい言い方をすると、私はほんとにアフリカの子供たちとかを助けたいのかな?って考えたんですよね。
そりゃアフリカの子供たちはかわいそうなんだけど、私が寄付できる金額というのはとっても限りがあって、その中で、たとえば、私は日本の子供たちよりアフリカの子供たちを助けたいんだろうか、とか。
もうちょっと言えば、私はほんとに、飢えた人に直接モノを届けるということで支援したいんだろうか?とか。(あ、ユニセフは教育支援とかもやってるみたいですけど)
うーん、例えばWikipediaに寄付することで、文字が読めるレベルの教育までを受けた人がそのあと非常に安いコストで勉強ができる環境が進化していく、ということだってあるわけですよね。そこから発展途上国の経済が総体的によくなって福祉なんかにお金が回る、ということだって、あるんじゃないか。
あるいは、学術団体に寄付することで研究が進んでその結果、病気やエネルギー問題なんかが解決にちょっと進んだりすることだって、あるんじゃないか、とかとか。
まあ、ここに書いたのはとりあえず思いついた例えばの話ですけど。
なんかこうやって考えていくと、寄付というのはなんか、選挙で入れる票のように思えてくるわけです。
自分でちゃんと考えて、自分が支援したい、そこを支援すれば世の中がよくなっていく、って思えるようなところにちゃんと寄付していかなきゃいけないんじゃないかな?って。
逆にグローバルなほうからいえば、そういう視点が日本にはあんまりないから、NPOとかが欧米みたいにちゃんと市場競争しないというか、盛り上がっていかないんじゃないのかなあとか。
で、最近面白いなと思うのは、毎月定額で寄付しようと思うと、なんかこう夢が広がるというか(笑)、貯めておいたら年間でいくらになるからそしたらどこどこに寄付しようかなーとか、一部はこっちにしようかな、とか……。えーと、真面目にいうと、アンテナを張ってる状態になるみたいで、いろいろ日常で考える機会が増えました。
パルシステム (生協)で、「派遣村」とか周辺のNPOに送る寄付を募集してるのが目に付いて「今後、派遣とか雇用とか生活保護とかがどうなるにしても、とりあえず今は生活保護にたどり着くまでの一時金が必要だよねぇ……」とか考えちゃってちょこっと寄付したり。
「人間の安全保障展」とかが気になったり。なんか、最近エンパワーメントとかって考え方が気になるんですけど、あんまり勉強できてないんですよね。そういうこと思い出したり。
まああの、最近かなりそれで楽しんでます。いいですよ、寄付。
できたら明日にでも感想書きたいと思います。
いや、ほんとに面白かったです。藤沢久美さんみたいな大人を目指したい!と思うくらい。
で、ようやくタイトルの寄付の話なんですけど。
こないだから、ほんの少しだけど寄付をしようかなーっていろいろ考えていたりします。
えー、あの、「金持ち父さん貧乏父さん」では、「収入の1/3を寄付しろ」って言ってた気がするんですが。
- 金持ち父さん貧乏父さん/ロバート キヨサキ
- ¥1,680
- Amazon.co.jp
話を戻すと、収入の1/3を寄付するのはさすがに思い切れなかったというか、なんというか、まあこうじっくり自分の心の声に耳を傾けるとまあそれは自分にとってあまり自然でないなぁということで、もっとこう規模をぐっと小さく、自分のおこづかいの1/10をとりあえず寄付してみようかと思ったのでした。
……まああの、それくらいだったらね、よしじゃあここでコーヒーを一杯飲んで帰るのをがまんして(×数回)寄付しちゃうんだー、くらいの楽しい気持ちになれるわけです。……器ちいさいですか?きゅう。
今までもちょこっと寄付をしたことはあったんですが。んー、ユニセフにぽこっと、とか、がんの子供を守る会 にちょこっと、とか。(後者は以前このブログにも書いたような)
そのときにもね、けっこういろいろ考えたんです。
寄付をしようかな、って、どこに寄付したらいいんだろう?っていうようなことを。
実は、最初にユニセフに寄付したときは、ええい、とりあえずやっちゃえ、って寄付しました。それくらいしか思いつかなかったというか。そんで、なんにしてもまずやってみないと考えないやー、と思ってやっちゃったわけです。(なんか悪いことしたみたいですが、悪くはない)
そのあとで、ユニセフに寄付して、それで私はよかったのかな?って考えました。
(えー、あとになってから、黒柳徹子さんがうんにゃらかんにゃら、というような話もひととおり見たつもりですが、まあ、私はユニセフ自体はあちこち見た結果としてそういう意味ではわりと信用しているんですが、考えたのはそこじゃなくて。)
うーん、ひどい言い方をすると、私はほんとにアフリカの子供たちとかを助けたいのかな?って考えたんですよね。
そりゃアフリカの子供たちはかわいそうなんだけど、私が寄付できる金額というのはとっても限りがあって、その中で、たとえば、私は日本の子供たちよりアフリカの子供たちを助けたいんだろうか、とか。
もうちょっと言えば、私はほんとに、飢えた人に直接モノを届けるということで支援したいんだろうか?とか。(あ、ユニセフは教育支援とかもやってるみたいですけど)
うーん、例えばWikipediaに寄付することで、文字が読めるレベルの教育までを受けた人がそのあと非常に安いコストで勉強ができる環境が進化していく、ということだってあるわけですよね。そこから発展途上国の経済が総体的によくなって福祉なんかにお金が回る、ということだって、あるんじゃないか。
あるいは、学術団体に寄付することで研究が進んでその結果、病気やエネルギー問題なんかが解決にちょっと進んだりすることだって、あるんじゃないか、とかとか。
まあ、ここに書いたのはとりあえず思いついた例えばの話ですけど。
なんかこうやって考えていくと、寄付というのはなんか、選挙で入れる票のように思えてくるわけです。
自分でちゃんと考えて、自分が支援したい、そこを支援すれば世の中がよくなっていく、って思えるようなところにちゃんと寄付していかなきゃいけないんじゃないかな?って。
逆にグローバルなほうからいえば、そういう視点が日本にはあんまりないから、NPOとかが欧米みたいにちゃんと市場競争しないというか、盛り上がっていかないんじゃないのかなあとか。
で、最近面白いなと思うのは、毎月定額で寄付しようと思うと、なんかこう夢が広がるというか(笑)、貯めておいたら年間でいくらになるからそしたらどこどこに寄付しようかなーとか、一部はこっちにしようかな、とか……。えーと、真面目にいうと、アンテナを張ってる状態になるみたいで、いろいろ日常で考える機会が増えました。
パルシステム (生協)で、「派遣村」とか周辺のNPOに送る寄付を募集してるのが目に付いて「今後、派遣とか雇用とか生活保護とかがどうなるにしても、とりあえず今は生活保護にたどり着くまでの一時金が必要だよねぇ……」とか考えちゃってちょこっと寄付したり。
「人間の安全保障展」とかが気になったり。なんか、最近エンパワーメントとかって考え方が気になるんですけど、あんまり勉強できてないんですよね。そういうこと思い出したり。
まああの、最近かなりそれで楽しんでます。いいですよ、寄付。