あーやだやだ

 

スイスのバレエ学校を思い出す。。。

 

昨日今日とバレエ団の朝レッスンを教える先生が同じ先生で

 

普段は男女別れてのクラスが二つあり、先生も毎日変わることが多いのですが

 

何故か今週は同じ先生が二日連続

 

そしてその先生がとっても気難しい先生で。

 

お年は多分私の祖母と変わらないくらいでしょう

 

やっ祖母よりは若いかな?

 

年齢はおいといて、とにかく気難しい先生で

 

エクササイズの順番はもちろん

 

手の使い方・顔を付ける位置など

 

とても細かく、彼女が言った通りにやらないと

 

音を止めて注意されたり

 

Nooooooooo!!!!!!と叫ばれたり

 

分かります。分かります。すごく大切なことは分かるんですが

 

もう学生じゃないんだから好きにやらせてよーと思うのですが

 

そうは行きません。

 

タリンのバレエ団に所属してから4カ月ほど経ちましたが

 

この4カ月で何回名だしで怒られ

 

みんなの前で”ダメな例”としてやらされたことか・・・

 

注意して頂けるだけありがたいのですが

 

そんなに何回も怒られると落ち込むしイライラするし。

 

そうでなくても、基礎は苦手で踊ることが好きな私には地獄です。

 

そしては今日は極め付け

 

なんとポワントクラス。

 

普段のレッスンはポワントを履くか履かないかは自由で

 

(基本私はポワントをセンターから履きますが)

 

今日はその気難しい先生が強制的にポワントを履くことと!!

 

センターはルルベ・プリエからの基礎の基礎

 

基礎が一番難しい

 

踊りになると多少ごまかしがききますが

 

エクササイズはごまかすわけには。

 

45分ほどポワントの為のエクササイズばかり

 

疲れました。

 

そしていつも通り

 

Noooooooooo!!!!!!と叫ばれるのでした。

 

 

 

というのは今日の話で

 

本題へ

 

スイスのバレエ学校Tanz Akademie Zurich

 

チューリッヒにあるバレエ学校で

 

寮もある、日本で言う"国立"のバレエ学校です。

 

私は中学3年生の夏から4年間、日本では大学1年生の夏までの期間

 

この学校に通いました。

 

始めは一年だけのつもりだったのですが、

 

なんとなく次の学年に上がり

 

他には高校受験をしなかった事も一つの理由になりますが

 

2.3.4年と通い卒業証書がもらえるまで通うことになりました。

 

一年目はまだ若かったので

 

朝は語学学校 英語を英語で習う学校に行き

 

午後からバレエ学校へ。

 

というのも、クラスには私意外に外人はいず

 

クラスメート全員スイス人

 

地元の子達でした。

 

なのでみんな朝普通の学校に通う中私は語学学校へ

 

バレエばっかりしたいから留学したのに

 

一緒に留学し始めた2個上のお姉さんは朝からバレエ学校へ

 

羨ましい。なんで私だけ語学学校?

 

と、当時はすごくストレスでしたが

 

今思えばあの時に通った語学学校のおかげで英語は何不自由なく話せるようになりました。

 

中学校の英語の授業で習う

 

Good morning Ms.Green. How are you? I am fine, Thank you.....

 

実用的なのかそうでないのか分からない英語しか知らなかったので

 

始めは苦戦しましたが、今では英語で話すことに問題はありません。

 

もちろん、英語の本や、政治のことや難しいことになると分からない単語も出てきますが

 

日常生活・バレエダンサーとしては問題ないレベルです。

 

私の片言・辞書引きながらの英語に付き合ってくれたクラスメートには感謝です。

 

バレエ学校では

 

15時からバレエレッスンが1時間半

 

そしてポワントクラスがあり

 

その後に曜日によってモダン・キャラクターのレッスン

 

終わるのは大体19時頃だった気がします。

 

日本では19時からバレエのレッスンで遅ければ

 

22時を過ぎることも。

 

今思えば不健康な生活だったなと思いますが

 

朝は語学学校へ 午後はバレエ学校へ

 

と、新しい生活が始まるのでした。

 

 

 

余談ですが、パソコンからブログを書くと

 

写真をアップロードするのが面倒くさいので

 

私のインスタグラムアカウントをページに貼りました。

 

たまに写真や動画を投稿するので見に来てください。

 

https://www.instagram.com/akane.ichii/?hl=ja

 

 

 

 

スイスへ発つのでした。

 

と昨日のブログには書いたのですが

 

許可を頂いたYAGPからスイス留学まで一年はあったので

 

留学するまでもコンクールに出続け

 

レッスンにも通い

 

四六時中バレエの生活が続いてました。

 

そしてスイスに留学する2か月ほど前に

 

ABTのNYサマーに参加することになり

 

一か月ほどNYに滞在しました。

 

私を入れて6人の日本人はツアーコンダクターに全てを頼み

 

NYでのホームステイ先や

 

スタジオまでの送迎など

 

全てをお任せしました。

 

きっとあのサマーがバレエ人生でコンクールと並ぶくらい

 

お金が必要だったことだと思います。

 

参加したい!どうしても!

 

という私に反対することも無く、参加させてくれた家族に感謝です。

 

今回のサマーは

 

寮ではなくホームステイで

 

ホームステイ先の方にご飯から掃除何から何まで、お世話をして頂き

 

それとは別に家からスタジオまで送迎、ホームステイ先の方とのやりとりをして頂いた日本人の方

 

おんぶにだっこ?

 

何不自由なくすごく楽しい一か月でした。

 

休みの日にはミュージカルやバレエを観劇し

 

もちろん観光もたくさん

 

バレエの方も毎日いろんなクラスを受け最終日にある発表会のための

 

練習もあり

 

とにかく楽しい毎日でした。

 

一緒に行った人にも恵まれたと思うのですが

 

どちらのサマーも本当に楽しい短期留学でした。

 

と、私の中で留学=とっても楽しい

 

が頭の中にあったのでスイスへの留学もそのスタンスで向かったのでした。

 

そして、サマーと一年留学は比べものにはならないくらいの差があるのでした。

 

 

 

 

 

 

母が私のブログをリブログしたせいかな?

 

フォローワーさんが増え喜んでいる、ここ数日です。

 

気が向いたときに気が向いたことばかり書いているブログですが、

 

お時間がある時にぜひ読みに来てください!

 

 

さて、話は戻って私のバレエ人生振り返りへ

 

2度目のYAGP、始めてのシニア部門

 

確かグランパクラシックで参加したと思います。

 

今思えば、全然似合ってないのに良く頑張ったなと思いますが。。。

 

選曲の問題もあったのか、残念ながら今回は予選落ち。

 

一緒に行った友達は受かるし

 

泣きました。泣きました。

 

やってしまったなと。自分の意識の弱さですね。

 

今になって振り返ってみればそりゃ落ちるよと思う踊りですが。。。

 

当時の私は相当落ち込んでいました。

 

母とバレエもうそろそろ諦めようかと話したり。。

 

こんな予選落ちという残念な結果に終わってしまったYAGPでしたが

 

YAGPが開催される少し前に行われるワークショップにたまたま参加していまして

 

そこでバリエーションを指導してくれたのが

 

のちに留学するTanz Akademie Zurich(Taz) の校長 Oliver Matzでした。

 

今ではすごく有名になって、入るのも難しくなっているTazですが

 

その当時は有名では無く、スイスにある学校だってー

 

特に何も考えず

 

まだ空いてるみたいだし

 

せっかくだから申し込んでみようとMatzのバリエーションクラスに申込みました。

 

たしか2.3人一緒のクラスだったのですが

 

何で私だけこんなにいろいろガミガミ言われるんだろう?

 

そんなにアンディオールって足持たれてグイっとやられても。。。

 

いろいろ細かいうるさい先生だなというのが第一印象。

 

今になれば、そうやっていろいろ注意していただけることがどれだけありがたいか分かるのですが。

 

と、そのクラスの事もあってか

 

Tazから一年の入学許可を頂き、とにかく海外へ行きたいと思い続けてた私は

 

中学3年の夏にスイスへ発つのでした。