終戦記念日の8月15日。

たまたま横浜の実家に帰省していたので、
少し時間に余裕があり。
ふと目に留まった、
何人かのブログを読むうちに、
どんなに忙しくても、  
時間をみつけて、
毎日100日間、ブログを書き続けた経営者の方の話があった。
 
そうだ。 
ワタシも、
100日修業をしてみよう! と。

軽い気持ちで。

毎日、100日間連続して書いてみようと、
ブログを書き始めた。
 

…正確に言うと、
それまでも何かあればたまに書いていたので、
改めて、
毎日連続して、100日書き続ける!
ことに挑戦してみよう、と、思った。
軽い気持ちで笑。

そこから100日。
途中、何度も詰まったり、 
書いている途中で寝落ちして日付が変わっていたり、
滞留したり。

書くことが好きで始めたはずなのに、
冬に向けてどんどん多忙になるにつれ、
なんでこんなこと始めちゃったんだろかと思ったり。

誰かに読まれることを前提にすると、
当たり障りのない表現になったり、

いいね!の数や、コメントの数や内容で、
自分の外からの評価を気にしたり。


そんな事もあったけれども。

いま、こうして生きていることが、
いかに恵まれいることか。
自分がいかに多くの人に支えられているのか。
そんな感謝の想いを持つ毎日となった。


多忙でヒッチャカメッチャカな時期、 
昨日も今日も明日もひと塊りになってしまう今だからこそ、
一日ずつを記録して、
その日の出来事や感謝の気持ちを、
記憶に残しておく。
それが、
このタイミングのワタシには、
必要な工程だったんだと思う。


そして、
何よりも。

読んで元気が出た!
とか、
自分も頑張ろうと思った!
とか。

読んだ人から、
そんな言葉を頂戴する機会が増え。
ワタシが書いたコトを読んだ人が、
元気になったりヤル気が満ちたりするとは。
本当に嬉しいこと。
それがワタシを励ましてくれた。

意外な人も読んでくれていたりして、
驚きの連続。

なんというか…、
自分が思う以上に反響があり、
はじめは戸惑う気持ちもあったが、
いまはその段階を卒業した感じ。

周りの反応に関係なく、
ワタシはワタシの書きたいことを書く!
っていう、
喜びと。
自分への自信と。
自己肯定感の強まりと。


そんな訳で、100日修行の最終回。

これまで読んでくださり、
本当に、どうもありがとうございました。



終戦記念日にスタートしたこの取り組み。
100日目を迎えた今日は、
神城断層地震からちょうど1年後。
この日に100日目が巡ってくるとは、
思いもよらず。
偶然という必然だったんだろな。



2014年11月22日。22時8分。
あの夜の激震。
2歳の娘を寝かしつけていた、妊婦のワタシ。
家が潰れるかもと思い、外に飛び出した時のキーンと冷えた夜の空気。
夫と3人で車に乗って、ゲスト1組の様子を見に行き、無事で安堵。
その途中で友人や弟から着電、
実家に電話し無事を伝え、
SNSで自分達の生存報告をし。

電気も水もガスも無事だった自宅に戻り、
滅多につけないTVを点けて、
何度も何度も繰り返される被害状況報道、同じ映像。遠くに聞こえる救急車のサイレン。
眠れないまま夜中を過ぎ。
翌朝、ニュースで被害の全貌を知ることになる。

でも、まだワタシは、
まだ本当には分かっていなかった。

数日後、妊婦検診のために長野市内に向かう際、
少しだけ復旧して片道通行になった国道を走った時の、
あの衝撃。

ひしゃげて、傾いて、押し潰された家が、
ずーーーっと並んでいる。
あの光景をみた瞬間、
ワタシの何かがクリックされたんだと思う。
白馬という土地に、ワタシがコミットした瞬間。

涙があふれて止まらず、
後部座席の娘に、ママどうしたの?と言われながら、長野までの1時間、泣きながら運転した記憶。

あの一晩、あの一瞬でこんな風になるとは。
自然の力の大きさの前では人間はなんて無力なんだろう。
あの、潰れた家々の人たち、大丈夫だっただろうか。
もうすぐ雪が降るのに。
どうやって生活できるだろう。
あれだけの家が潰れて、下敷きになって、
甚大な被害があったのに、
誰も亡くならなかったのは本当に本当に奇跡。
みんな生きててよかった。
泣きながら、ぐるぐると色々な事が頭を巡り。

そして気づいた。
地震が起きた夜も、翌日も、その次の日も、
泣かなかったなワタシ。
恐怖と不安を押し殺して、ガマンしたんだな、と。


車の中でひとしきり泣いて、
山の景色から長野の市街地に入る頃、
生かされたいま、
ワタシにできることをする、と、
涙を拭きながら、決意したんだと思う。


地震発生の2日後、
国政選挙を目前に控えたこともあってか、
安倍総理が白馬入り。
票集めのパフォーマンスだよなぁ。
偶然、役場で見かけたけれど。


あれから1年経つけれど、
もう、次の冬が来たけれど、
仮設住宅にもまだ入れず、
まだ避難生活の家族は沢山いる。

まだまだ続いている。
そんな、あれから1年。



ワタシの100日は、
いのちについて、
いまここでこうして生きている奇跡について。
気づかせてもらえるタイミングだったんだなぁ。

ふと思い立ったことには、
やっぱり意味があるんだよね。
宇宙の采配に感謝。


これからも、
生かされている限り、
この生命をまっとうするのみ。

泣いたり笑ったりしながら、
毎日を精一杯いきていくのみ。





100/100

読んでくださり、
本当にありがとうございました。


この100日目の投稿は、
時間がかかりました笑。
何度も下書きをしている内に、
どんどん毎日が過ぎ、
季節が動き。

改めて、だからこそ、
毎日をその日に、記録していくことが大切なんだなと思ったり。
記憶に残せないことも、
記録には残ります。


100日修行にお付き合いくださった方、
応援してくださった方、
どうもありがとうございました!!!!
本当に心強かったです。


100日修行としては、
一度ここで納めますが、
これからも書いていきますので、
お暇がある時にはまた読んでくださいね。


どうもありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!

愛と感謝を込めて。
アヤコ




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2014年12月の、ある朝焼け。