In a bird cage -2ページ目

In a bird cage

これは空想の話、そして現実の話。

子供の頃から視界にはいつも影が映り込む。
見上げる頭上には放射状に金色の柵が広がっていて、
私をすっぽり逃がさないように覆っていた。
足にもいつの間にか鉄枷が嵌められ、
今も自由と熱を奪い去り、私を孤独の中に閉じ込める。

人は前を向いて生きていく、多くの人はそう意識しているんじゃないかな。
私もそう思うけれど、前へ向かって歩くから時に後ろを振り返ったりすることもあるはず。
でも、私は振り返ることはしない、時々立ち止まっては空を見つめる。
もう手が届くくらい近くにある空だけれど、こんなに近くまで落ちてきてしまったのは私の責任。

ところで、私の家にはとても大きな屋根があって、
それを1本の太い柱で支えているのだけれどとても不安定だよね。
だからといって立派な柱を作るのはお金も時間もかかってしまう。
それでいくつかの柱で支えようと思うのだけれど、
みんな不思議なことばかり言うんだよ。

見せかけばかり豪華で中身は手抜き芯材の柱がいいという人がいたり、
即席の柱を用意するだけ用意しようという人がいたり、
おかしいよね、柱にばかり目が行っていて
落ちてくる空を支えている屋根を見つめていない。
こんなまま万が一柱が折れて屋根が降ってきたら、
傾いて崩れてみんなまとめて空の下敷きになってしまうのに、
いったい何人がそのことに気づいて空を見上げて、
屋根のほころびを考えながら設計図を引いているんだろう?

私は設計図を引く技術がないから、何もできないんだけどさ。
やる気は回復したけどエネルギー切れのようなだるさは相変わらず。
明日からはちゃんと溜め込んでるエネルギーも含めた配分をうまく考えなきゃいけないかな。
本来的なワーカーホリック気質の本領発揮と行くか、このままエネルギー枯渇で崩れるかは私次第なんだろうなぁ。

昔の鳥籠は本当に息が詰まる、それこそ亡霊にでもなった気分でほとんど思い出せないくらいの苦痛だったってことしかわからないくらいに。
だから、改めてもう一度だけ見納めておこうと思うんだよ。
でないと、これから先も逃げ続けることになってしまいそうだから。
けれど内心は、不安でいっぱいですよ。
また記憶が曖昧な時期に入るんじゃないかとか、ね。

こういう曖昧な言葉でしか私の悩みは言葉にできなくなってしまったのは、
一重に昔の鳥籠の窮屈さとネジレがあるせいだけど、話さないと決めたのは私自身。
そう考えると閉鎖的で人間不信な私が悪いのかなとも思えてくる。
そんなのだから、今の環境を維持していくこともあまりうまくいかないのかな。



>佐々倉さん
漠然として理由の分からない不安感がある時は、
解決する方法もなくて困っちゃうよね。
私はそういう不安感がある時ほど友達に相談して
離れていってしまったら孤立するんじゃないかとか、
余計なことまで考えてしまって身動きが取れなくなったりするよ。
だから、できるだけ落ち着いている時にそういう話のカケラを話してみたりして、
少しずつ深い話が出来るお友達を見つけてみるのもいいのかもしれないね。

私の場合はだけど、リアルでは相手が悩み事を話してくれやすいように気遣いをして、
悩み相談を相手にさせてから相談してもいいあいてかどうか見極めたりしてることがあるよ。
ネットだと少し残酷だけど波長が合わないと思ったらサヨナラと割りきってとりあえずお話はしてみるけど、
私の相談は重すぎるなとか、ちょっと話せないと思ったら当たり障りない話しかできないや(苦笑
やる気がでなくて、変にだるくて理由のない不安感がつきまとう。
仕事でもあれば、学校へ行く用事でもあれば、きっとそれでも日常は変わることなく回っていく。
でも、そういう枠組みのない今の私は簡単にバランスを崩して回転軸を歪めてしまっては、日常という繰り返しの中からはじき出されてしまうんだよ。
誰かと関わりたいけれど、誰とも関わることができない。
関わるのが怖いから、深入りされるのが怖いから。
今の大切な時間と、大切な世界や居場所、ぬくもりを壊したくないから。
恐る恐る踏み出した一歩はあまりにも小さくて時間の流れにさえ置いてけぼりになっているのを感じながら、今日は悪い夢を見ないことを祈ってる。