三寒四温という言葉通り
暖かな春には時に寒くなることもあり
それでも少しずつ確実に暖かくなっていく、この季節というもの
それはすなわち、人という生き物も同じで
穏やかな時もあれば悲しみに打ちひしがれる時や絶望感でいっぱいになることもあり
そんなことを繰り返しながら
少しずつ歳を重ねて穏やかな人生を全うしていくものなんですよね
きっと
穏やかな時よりも悲しみや苦しみの時の方が多いかもしれませんが
それもまた人です
息子もまたそんな時を過ごしているようです
先日、精神的ににつらくなってしまったようでわたしに連絡がありました
もう一つのブログの一部を抜粋してお伝えします
死にたいと言うのは別に本当に死にたいわけじゃなくて。
何もかも投げ出したい、逃げ出したくなること。
長男からすると、投げ出すことは、具体的には友だちとの連絡を断ち切る、ブロックする、アカウントを全て削除する、バイトを辞めて引きこもる、それは社会的に抹殺されるに等しいから死ぬのと同じことだと言いました。
あぁ、確かに…
今の子たちならそうなるんでしょうね。
とても納得できました。
逃げ道がないから、0か100。
生きるか死ぬか。
生きるのはつらすぎる。
だから、死にたい、となる。
きちんと言葉にしてくれたことがありがたかったです。そうなんだろうと思っていましたが、きちんと言葉にしてくれてよく理解することができました。
若い人たちにとって
友だちとのことは人生全てに関わります
若くなくても家庭、仕事の人間関係で
人生全般に影響が及ぶことは多々あります
人生の悩みの大部分は人間関係だったりしますよね(^◇^;)
だから、そこがうまくいかないと
もう、人生終わった…
となるのでしょう(-_-)
人として生まれ生きていく上で
相手にどう思われるか、どう見られているかで人生が決まってしまうんですよね
大人なら親からそのように育てられ
子どもはそのように育てられた親に育てられ
その循環が続いていくのかもしれません
他人にとっていい子いい人でいることが大切
外見の素晴らしさ、才能やスキルの多さなどが重要視されて
本人の心、感情は置いてけぼり
どんどん疲弊していくばかりになります
みんな幸せであるはずなのに
そうじゃない方へ向かっていきます
わたしたちの"地球での生"は愛❤️から始まります
はじめは"幸"から始まります
祝福のひかりからはじまります
ただ、ただ、そのいのちを生くることにひかりがあたります
そこにいるだけで有り難い存在です
それなのに
どうして
いつから
苦しくなるのでしょう
本当の意味でわたくしを苦しめるのは他ならぬわたくしです
わたくしにより、わたしの存在は輝きます
ただ、生きる、生きている
それだけで十分なのに
その十分さに氣づくのが遅すぎることがあります
どうか
あなたのその存在
あなたの大切な人の存在が
ただ、そこにあるだけで有り難いことだと
今、この時、感じてもらえたら
きっと、この先の人生は豊かなものなります
ラブリー🌈🌈🌈
いつもありがとうございます
天命コーチ☆松本保子